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公益財団法⼈ 海難審判・船舶事故調査協会 平成 20 年函審第 19 号 漁船第八十六北雄丸機関損傷事件 言 渡 年 月 日 平成 20 年 9 月 18 日 審 判 庁 函館地方海難審判庁(河本和夫,小須田敏,堀川康基) 理 事 官 相田尚武 指定海難関係人 業 種 A社 名 船舶建造及び修理業 損 害 主機 6 番シリンダのピストンクラウン締付ボルト 4 本折損 原 因 主機ピストンクラウン締付ナットの締付力低下 主 文 本件機関損傷は,主機ピストンクラウン締付ナットの締付力が低下したことによって発生した ものである。 理 由 (海難の事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成 19 年 10 月 27 日 03 時 30 分 北海道枝幸港東方沖合 (北緯 45 度 04.1 分 東経 142 度 57.7 分) 2 船舶の要目等 (1) 要 目 船 種 船 名 漁船第八十六北雄丸 総 ト ン 数 160 トン 長 38.126 メートル 全 機 関 の 種 類 過給機付 4 サイクル 6 シリンダ・ディーゼル機関 連続最大出力 860 キロワット 回 毎分 590 転 数 (2) 設備及び性能等 ア 第八十六北雄丸 第八十六北雄丸は,昭和 59 年 11 月に進水した,オッタートロール式の沖合底引網漁業 に従事する鋼製漁船で,主機として,B社が製造した 6M28H4A型と称するディーゼル機 関を,推進装置として可変ピッチプロペラをそれぞれ装備していた。 イ 主機 ① 過負荷制限装置 主機は,定格出力 1,471 キロワット同回転数毎分 750(以下,回転数は毎分のものと する。 )の機関に負荷制限装置を付設し, 燃料ポンプラック目盛 21.5 にて出力を制限し, 連続最大出力 860 キロワット同回転数 590 としたものであった。 ② 過負荷警報装置 燃料ポンプラック目盛が制限値に達したとき,リミットスイッチが作動して警報が吹 - 1 - 鳴し,ランプが点灯する過負荷警報装置が操舵室及び機関室に装備されていた。 ③ ピストン ピストンは,鋼製ピストンクラウンと鋳鉄製ピストンスカートの組立形で,ピストン クラウンに 4 本の植込みボルト(ピストンクラウン締付ボルト)を締め込んでピストン スカートを取り付け,同ボルトに座金,皿ばね 2 個及び 2 連座金を装着したうえで,同 ボルト用ナット(ピストンクラウン締付ナット)を締め付けることにより結合されてい た。 ピストンクラウン締付ボルトは,全長 101 ミリメートル(以下「ミリ」という。 ),ね じの呼びM16,ピッチ 1.5 ミリのクロムモリブデン鋼製で,ピストンクラウン締付ナッ トの締付方法については,同ナットを一杯に締め付け後 90 度戻すよう取扱説明書に記 載されていた。 ④ シリンダライナ シリンダライナは,特殊鋳鉄製で,内面にはクロームメッキが施されていた。 ⑤ 潤滑油及び同系統 主機の潤滑油は,主機クランク室油だめに約 350 リットル及びサイドタンク内に約 1,650 リットル合計約 2,000 リットルを保有し,その系統は,油だめの潤滑油が直結の ポンプまたは予備の電動ポンプに吸引・加圧され,油圧調整弁で約 4.5 キログラム毎平 方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧され,冷却器及びこし器を経て主管 に至り,各シリンダに分岐して主軸,クランク軸受,ピストンピン,ピストン及びシリ ンダライナを潤滑・冷却してクランク室油だめに落ち,また,油圧調整弁から逃げた潤 滑油はサイドタンクに入り,オーバーフローしてクランク室油だめに落ち,循環するよ うになっていた。また,遠心清浄機によりサイドタンク内の潤滑油を常時清浄できるよ うになっていた。 なお,潤滑油は,毎年 2 月及び 7 月ごろ全量が新替えされていた。 3 主機の運転状況,損傷来歴等 (1) 運転状況 主機は,毎年 3 月中旬から翌年の 1 月末までの操業期間中,年間約 4,000 時間運転され, 毎年休漁期の 2 月にA社に入渠して整備されていたが,いつしか負荷制限装置が機能しない まま,通常の航海及び曵網操業時ともに回転数 680 ないし 700,燃料ポンプラック目盛約 26 で運転され,また,過負荷警報装置は同目盛 26.5 にて作動するように変更されており,転舵 時や曵網時,さらに漁場移動で急増速するときや帰港時せりに合わせて回転及びプロペラピ ッチを上げて運転するときなど,一日に数回以上過負荷警報装置が作動していた。 (2) 整備来歴,損傷来歴,メーカー助言等 ア 昭和 63 年 3 月定期検査時及び平成 12 年 3 月定期検査時,全ピストンクラウン締付ボル ト及び同ナットが新替えされた。 イ 平成 12 年 11 月 6 番シリンダの損傷事故が発生し,6 番クランクピン,7 番主軸を削正, 台板やシリンダブロックを溶接するなどの修理が実施された。また,同年ころからピスト ンとシリンダライナとの間のスカッフィングが多発するようになっていたことから,主機 メーカーから,最も高出力が予想されるときにおいても燃料ポンプラック目盛を 23 ないし 25 とするように助言を受けたが,その後も従来どおり運転されてスカッフィングが多発し た。 ウ 平成 16 年スカッフィング対策としてピストン注油穴追加,ピストンリング改造などが主 - 2 - 機メーカーにより施工された。 4 事実の経過 第八十六北雄丸は,平成 17 年 2 月定期検査の目的でA社に入渠した際,主機全ピストンク ラウン開放,全ピストンクラウン締付ボルト及び同ナット新替えなどの整備が実施された。 A社は,専任職長を主機開放・復旧作業にあたらせ,ピストンクラウン締付ナットは,取扱 説明書記載のとおりに締め付けさせた。 第八十六北雄丸は,平成 18 年 10 月スカッフィングが生じた全シリンダライナ取替え,翌 19 年 2 月入渠時にもスカッフィングが認められた 2 筒のシリンダライナ取替え,潤滑油新替え等 の整備ののち,翌 3 月中旬からオホーツク海または宗谷岬沖合の漁場において,日帰りないし 3 日間の操業に従事した。 第八十六北雄丸は,主機が最も高出力が予想されるときにおいても過負荷域に入ることのな いよう,燃料ポンプラック目盛を制限せず,短時間の過負荷運転を頻繁に繰り返していたとこ ろ,平成 19 年 9 月 10 日スカッフィングが生じて操業継続が不能となった。 第八十六北雄丸は,操業を中止して主機低速運転で北海道紋別港に帰港し,損傷が生じた全 シリンダライナ,全クランクピン軸受メタルなどを新替えして操業に復帰したところ,主機 6 番シリンダのピストンクラウン締付ナットの締付力が低下して緩みが生じ,同ボルトに繰り返 しの引っ張り応力及び曲げ応力が作用するようになった。 こうして第八十六北雄丸は,13 人が乗り組み,平成 19 年 10 月 26 日 23 時 30 分紋別港を発 し,枝幸港東方沖合の漁場に向け,主機回転数 680,プロペラピッチ 17 ないし 17.5 度とし,11.5 ノットの対地速力で航行中,前回ピストンクラウン締付ボルト及びナットを新替えしてからの 運転時間が約 11,000 時間経過後の, 翌 27 日 03 時 30 分北見神威岬灯台から真方位 088.5 度 19.7 海里の地点において,主機 6 番シリンダのピストンクラウン締付ボルト 4 本が相次いで折損し, ピストンクラウンとピストンスカートが分離してシリンダヘッドや吸・排気弁に衝突し,主機 が大音を発した。 当時,天候は曇で風力 2 の北東風が吹き,海上は穏やかであった。 損傷の結果,第八十六北雄丸は,主機が運転不能となって救助を要請し,来援した僚船に曳 航されて紋別港に引き付けられ,主機が修理された。 (本件発生に至る事由) 1 最も高出力が予想される航行時においても燃料ポンプラック目盛 23 ないし 25 で運転するよ うにとの主機メーカー助言にもかかわらず,燃料ポンプラック目盛 26.5 に設定変更した過負 荷警報装置が一日に数回以上,頻繁に作動する状況で主機が運転されていたこと 2 平成 17 年 2 月全ピストンクラウン締付ボルト及び同ナットを新替えしたこと 3 シリンダライナとピストンリングとの間にスカッフィングが多発したこと 4 主機 6 番シリンダのピストンクラウン締付ナットの締付力が低下して緩みが生じたこと (原因の考察) 本件は,主機 6 番シリンダのピストンクラウン締付ナットの締付力が低下したことが原因とな るが,以下のとおり,その要因を特定することができない。 1 最も高出力が予想される航行時においても燃料ポンプラック目盛 23 ないし 25 で運転するよ うにとの主機メーカー助言にもかかわらず,燃料ポンプラック目盛 26.5 に設定変更した過負 荷警報装置が一日に数回以上,頻繁に作動する状況で主機が運転されていたことは,シリンダ - 3 - ライナとピストンリングとの間のスカッフィング多発に繋がり,本件発生に至る過程で関与し た事実であるが,このような運転状況下で過去ピストンクラウン締付ナットの緩みや同ボルト の折損事例がないことから,本件と相当因果関係がないものと認める。 2 シリンダライナとピストンリングとの間にスカッフィングが多発したことは,本件発生に至 る過程で関与した事実であり,ピストンクラウン締付ボルトに過大な引っ張り力が作用したこ とが予想されるが,過去数年来スカッフィングが多発しているにもかかわらず,ピストンクラ ウン締付ナットの緩みや同ボルトの折損事例がないことから,本件と相当因果関係がないもの と認める。 3 平成 17 年 2 月 6 番シリンダのピストンクラウン締付ボルト及び同ナットを新替えした際,同 ナットの締め付けが不足していたことが原因である旨の主張があるが,事実認定の根拠 5 から, 取扱説明書のとおりに締め付けたと認められること及び同締め付けから約 2 年 8 箇月経過し, この間の主機運転時間が約 11,000 時間であることからして,同主張は認められない。 (海難の原因) 本件機関損傷は,主機ピストンクラウン締付ボルト及び同ナットを新替えし,同ナットを締め 付けてから約 11,000 時間運転後,同ナットの締付力が低下して緩みが生じ,同ボルトに繰り返し の引っ張り応力及び曲げ応力が作用したことによって発生したものである。 (指定海難関係人の所為) A社の所為は,本件発生の原因とならない。 よって主文のとおり裁決する。 - 4 -