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MA2012-2
船 舶 事 故 調 査 報 告 書
平成24年2月24日
運 輸 安 全 委 員 会
(東京事案)
1 貨物船 HARMONY WISH 貨物船しんかずりゅう衝突
2 モーターボートCapricorn衝突(防波堤)
3 貨物船 STAR KVARVEN 作業員死亡
(地方事務所事案)
函館事務所
4 漁船美幸丸漁船第5坂井丸衝突
5 漁船片瀬丸乗組員死亡
6 漁船第三十八龍宝丸漁船第三十八成徳丸衝突
仙台事務所
7 貨物船美保丸乗組員死亡
8 漁船第八丸三丸乗揚
9 貨物船 ZI HONG 油送船董和丸衝突
10 貨物船平尾山丸漁船第二弘氣丸衝突
11 漁船新生丸火災
12 漁船愛宕丸乗組員死亡
横浜事務所
13 監視艇やはぎ衝突(防波堤)
14 モーターボート葵沈没
15 漁船第五十六石田丸火災
16 漁船第七共進丸乗揚
17 漁船光宝丸手漕ぎボート(船名なし)衝突
18 モーターボート遊乗組員死亡
19 遊漁船国盛丸乗揚
20 油タンカーうわかい衝突(防波堤)
21 漁船石屋丸漁船義栄丸衝突
22 油タンカー美和丸衝突(灯標)
23 漁船第八東海丸乗揚
24 漁船第二十八大成丸浸水
25 漁船海幸丸乗揚
26 漁船第七漁徳丸モーターボートASOMARU衝突
27 漁船第十二源榮丸乗組員負傷
28 漁船第十八常磐丸六号艇火災
神戸事務所
29 砂利採取運搬船八幡丸定置網損傷
30 液体化学薬品ばら積船するが丸衝突(可動橋)
31 貨物船第三大黒丸モーターボート海遊衝突
32 水上オートバイマスト被引浮体搭乗者負傷
33 プレジャーモーターボートKuu Ipo Ⅴ衝突(定置網)
34 貨物船てつりゅう衝突(岸壁)
35 遊漁船明石丸火災
36 引船兼押船兼作業船兼交通船第十二長崎丸沈没
広島事務所
37 プレジャーモーターボート仁新丸乗揚
38 旅客フェリー幸運丸衝突(防砂堤)
39 旅客船まりんあすかⅡ旅客負傷
40 プレジャーボート和正弘丸プレジャーボート海王丸衝突
門司事務所
41 漁船第五大黒丸沈没
42 自動車運搬船 CITY OF OSLO 貨物船第七菱洋丸乗揚
43 貨物船 IRIS 漁船203長生丸衝突(錨索)
44 水上オートバイまひろ号水上オートバイTUKASA衝突
45 貨物船第八白鳥丸乗揚
46 漁船三栄丸転覆
47 貨物船 ORIENTAL SAPPHIRE 貨物船 ESPERANZA Ⅱ衝突
48 漁船第三十八大栄丸漁船第二春日丸衝突
49 漁船孝進丸漁船政丸衝突
50 漁船盛漁丸プレジャーボート拓海丸衝突
長崎事務所
51 漁船第二かづ丸モーターボート晴丸衝突
那覇事務所
52 漁船第三安莉丸乗組員死亡
53 水上オートバイぷしぃぬしま6号被引浮体搭乗者負傷
本報告書の調査は、本件船舶事故に関し、運輸安全委員会設置法に基づき、
運輸安全委員会により、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、
事故の防止及び被害の軽減に寄与することを目的として行われたものであり、
事故の責任を問うために行われたものではない。
運 輸 安 全 委 員 会
委 員 長
後
藤
昇
弘
≪参
考≫
本報告書本文中に用いる分析の結果を表す用語の取扱いについて
本報告書の本文中「3
分
析」に用いる分析の結果を表す用語は、次のとおりと
する。
① 断定できる場合
・・・「認められる」
② 断定できないが、ほぼ間違いない場合
・・・「推定される」
③ 可能性が高い場合
・・・「考えられる」
④ 可能性がある場合
・・・「可能性が考えられる」
・・・「可能性があると考えられる」
13 監視艇やはぎ衝突(防波堤)
船舶事故調査報告書
船種船名
監視艇
やはぎ
船舶番号
141209
総トン数
32トン
事故種類
衝突(防波堤)
発生日時
平成22年10月8日
発生場所
愛知県三河港
18時18分28秒ごろ
た はら
じん の
愛知県田原市所在の三河港神野南防波堤灯台から真方位142°
400m付近
(概位
北緯34°43.8′
東経137°16.5′)
平成24年1月12日
運輸安全委員会(海事専門部会)議決
1
1.1
委
員
横
山
鐵
男(部会長)
委
員
庄
司
邦
昭
委
員
石
川
敏
行
委
員
根
本
美
奈
船舶事故調査の経過
船舶事故の概要
監視艇やはぎは、船長ほか2人が乗り組み、監視取締業務の担当者1人を乗せ、三
河港南部を西南西進中、平成22年10月8日18時18分28秒ごろ同港神野南防
波堤に衝突した。
やはぎは、船首部に圧壊を生じたが、死傷者はいなかった。同防波堤には、欠損が
生じた。
1.2
1.2.1
船舶事故調査の概要
調査組織
運輸安全委員会は、平成22年10月9日、本事故の調査を担当する主管調査官
- 1 -
(横浜事務所)ほか1人の地方事故調査官を指名した。
1.2.2
調査の実施時期
平成22年10月14日、12月9日、14日、15日、平成23年6月10日、
8月22日
口述聴取
平成22年10月20日、12月13日、22日、平成23年1月28日、5月
30日
回答書受領
平成22年10月25日
1.2.3
現場調査及び口述聴取
原因関係者からの意見聴取
原因関係者から意見聴取を行った。
2
2.1
事実情報
事故の経過
2.1.1
船舶自動識別装置の情報記録による運航状況
やはぎ(以下「本船」という。)の船舶自動識別装置 *1 (以下「AIS」とい
う。)の情報記録(以下「AIS記録」という。)によれば、本事故当時における本
船の運航状況は、次表のとおりであった。
なお、AIS記録は、実際の時間に対し、7分56秒の進みがあったので、次表
は、AIS記録から誤差分を差し引いて修正した時刻で記載した。
緯度(北緯)
経度(東経)
対地針路
対地速力
(時:分:秒)
(度-分-秒)
(度-分-秒)
(°)
(ノット)
(kn)
18:16:10
34-43-57.3
137-17-37.0
270.0
26.1
18:17:00
34-43-58.2
137-17-09.8
269.6
27.1
18:17:10
34-43-57.9
137-17-04.3
266.3
27.0
18:17:20
34-43-57.2
137-16-59.5
260.6
24.5
18:17:30
34-43-56.1
137-16-54.8
253.8
24.2
18:17:40
34-43-54.6
137-16-50.1
250.1
24.6
18:17:50
34-43-53.2
137-16-45.4
249.4
24.5
時
*1
刻
「船舶自動識別装置(AIS:Automatic Identification System)」とは、船舶の識別符号、種
類、船名、船位、針路、速力、目的地及び航行状態その他安全に関する情報を各船が自動的に送受
信し、船舶相互間、陸上局の航行援助施設等との間で情報を交換することができる装置をいう。
- 2 -
2.1.2
18:18:00
34-43-51.9
137-16-40.8
250.6
24.2
18:18:10
34-43-49.8
137-16-36.2
250.9
24.2
18:18:15
34-43-49.9
137-16-33.9
250.5
24.1
18:18:17
34-43-49.6
137-16-33.1
250.6
23.9
18:18:20
34-43-49.3
137-16-32.1
250.1
20.7
18:18:22
34-43-49.2
137-16-31.6
249.8
18.3
18:18:25
34-43-49.0
137-16-31.0
249.4
15.9
18:18:26
34-43-48.9
137-16-30.9
249.1
13.6
18:18:27
34-43-48.9
137-16-30.8
249.1
13.6
18:18:28
34-43-48.8
137-16-30.6
248.8
11.6
18:18:31
34-43-48.8
137-16-30.4
248.5
9.9
18:18:32
34-43-48.8
137-16-30.4
248.6
7.0
18:18:35
34-43-48.8
137-16-30.4
249.0
4.9
18:18:40
34-43-48.8
137-16-30.4
253.7
1.8
18:18:50
34-43-48.9
137-16-30.3
286.5
0.5
乗組員の口述による事故の経過
本事故が発生するまでの経過は、本船の船長及び機関長の口述によれば、次のと
おりであった。
本船は、名古屋税関(以下「運航者」という。)における監視取締業務に従事し
ており、船長ほか2人が乗り組み、監視取締業務の担当者(以下「監視担当者」と
いう。)1人を乗せ、平成22年10月8日18時00分ごろ三河港南部の愛知県
豊橋市神野ふ頭町の係留場所を出航し、同港内を約10~15kn の速力(対地速
力、以下同じ。)で航行しながら停泊船の監視取締を行ったのち、港外錨泊船の監
視取締に向かった。
本船は、船長が手動操舵により操船に当たり、一等機関士がECDIS*2等を使
用して主に監視対象船舶の情報を収集し、機関長及び監視担当者が操船区画後方の
モニター区画で監視取締用機器の操作に当たっていた。
船長は、神野南防波堤(以下「本件防波堤」という。)南端と田原市緑が浜の岸
壁北西岸との間の水路(以下「本件水路」という。)を通航することとし、同岸壁
*2
「ECDIS」とは、Electronic Chart Display and Information System の略であり、電子海
図表示システムのことをいい、航海用電子海図(Electric Navigation Chart)と自船の位置を同
じ画面に表示するほか、他の情報(レーダー、予定航路等)を重ねて表示でき、また、浅瀬等に接
近したときに警報を発する機能も持っている。
- 3 -
北東端付近で速力を少し上げて同岸壁北端を左に見て左転したのち、本件水路を通
航する際に船首目標としていた‘本件防波堤南端の簡易標識灯’(以下「簡易標識
灯」という。)の灯光を探しながら西南西進した。
船長は、前方に横一線の影を認め、それが本件防波堤であると気付き、機関を後
進にかければ本件防波堤の手前で停止できると思い、機関操縦レバーを中立とし、
引き続き後進側の増速方向に操作したものの機関が後進にかからなかったので、機
関操縦レバーを中立に戻して後進側への操作を繰り返したが、本船は後進にかから
ないまま本件防波堤に衝突した。
本船は、衝突後、機関が後進にかかったので後退して現場を離れ、前後進の操作
を行って運転状況を確認したのち、監視取締業務を中断して帰途に就き、18時
45分ごろ係留場所に戻った。
本事故の発生日時は、平成22年10月8日18時18分28秒ごろで、発生場所
は、三河港神野南防波堤灯台から142°(真方位、以下同じ。)400m付近で
あった。
(付図1
2.2
推定航行経路図
参照)
人の死亡及び負傷に関する情報
死傷者はいなかった。
2.3
船舶の損傷に関する情報
本船には、船首部に圧壊が生じた。
(写真1
2.4
本船の損傷状況
参照)
船舶以外の施設等の損傷に関する情報
運航者の本件防波堤の損傷状況に関する報告書によれば、本件防波堤の南端から約
77mの東側上端角部に約2mにわたってコンクリートの欠損が生じた。
(写真2
2.5
(1)
本件防波堤の損傷状況
参照)
乗組員に関する情報
性別、年齢、海技免状
船長
男性
43歳
五級海技士(航海)
免
許
年
月
日
免状交付年月日
平成4年12月14日
平成19年11月14日
- 4 -
免状有効期間満了日
(2)
平成24年12月13日
主な乗船履歴等
船長の口述によれば、次のとおりであった。
18歳から甲板員として監視船に乗り組み、平成8年ごろから機関長職を、
平成18年4月に船長職を執るようになった。
主に三河港、愛知県衣浦港及び伊良湖水道周辺で監視取締業務を行っており、
本件防波堤付近は何度も航行したことがあった。また、夜間の監視取締業務も
行っていた。
視力は、裸眼で両眼とも1.5であり、本事故当時、体調は良好であった。
2.6
船舶に関する情報
2.6.1
船舶の主要目
船舶番号
141209
船
愛知県名古屋市
籍
港
船舶所有者
財務省
総トン数
32トン
L×B×D
20.71m×4.60m×2.26m
船
質
アルミニウム合金
機
関
ディーゼル機関2基
出
力
923kW/基
器
5翼固定ピッチプロペラ2個
推
進
進水年月
2.6.2
(1)
合計1,846kW(連続最大)
平成22年3月
船体構造等
本船は、上甲板上の中央部に船室を配し、船室内の船首方から操船区画、
モニター区画及び外部サロン区画となっていた。
操船区画には、前部にコンソールが設けられ、コンソール中央に操舵装置
が、右舷側に機関遠隔操縦装置(機関操縦レバー)、モニター等が、左舷側
にAIS情報を表示できるECDIS及びレーダーがそれぞれ備えられてい
た。また、コンソールの手前に背もたれの付いた椅子3脚が並べて設置され
ていた。
モニター区画には、監視取締業務に使用される機器が装備されていた。
(2)
機関遠隔操縦装置は、両舷の機関それぞれに操縦レバーを設けてクラッチ
かん
の嵌脱と増減速が操作でき、船首方に押すと前進に入って増速し、船尾方に
引くと後進に入って増速した。
- 5 -
機関長の口述によれば、本事故当時、機関は、一方の操縦レバーを操作す
れば、両舷機関が同じ動作を行う同期操作状態に設定していた。
(3)
船長の口述によれば、本事故当時、喫水は、船首約0.8m、船尾約0.9
mであり、船体、機関及び機器類に不具合又は故障はなかった。
(4)
運航者の担当者の口述によれば、本船は、AIS記録をAIS用パソコン
に記録していた。当該パソコンに記録されていたAIS記録は、実際の時間
に対し、7分56秒の進みがあった。
(写真3
2.6.3
本船の全景
参照)
運動性能
本船の公試運転成績書によれば、次のとおりであった。
(1)
速力試験
負
荷
100%
(2)
平均速力
34.69kn
機関の回転数毎分
(rpm)
2,373
後進力試験
前進(負荷100%)中、後進発令から後進最大までの所要時間
後進発令前の速力
34.2kn
後進発令前の機関回転数
2,373rpm
中立から逆転に入る前の速力
後進発令からプロペラ逆転までの所要時間
11.08秒
後進発令から船体停止までの所要時間
15.21秒
(3)
2.6.4
24.2kn
旋回力試験(舵角35°、機関2,373rpm)
最大縦距
最大横距
右旋回
72.2m
72.2m
左旋回
72.2m
72.2m
機関
(1)
エンジン制御プログラムにおけるクラッチ嵌入条件等
機関製造会社の代理店である富永物産株式会社(以下「A社」という。)
の回答書及びA社の担当者の口述並びに本船の機関取扱説明書によれば、次
のとおりであった。
①
本船の機関は、MTU社(ドイツ)製の型式10V2000M92であ
り、最高回転数を約2,450rpm とし、コンピューターにより制御、監
- 6 -
視及び管理が行われており、運転状況を機関データとして記憶することが
できた。
②
クラッチは、前進中に急に後進にかけて機関が停止することによるダ
メージを防止するため、プロペラの回転数ではなく、機関回転数によって
嵌入の可否がプログラム(インターロック*3)されており、800rpm 以
下で後進嵌入が可能となり、それ以上の回転数では後進に嵌入しない設定
になっていた。
③
高速力で航行中、危険回避のため緊急に機関を後進にかける場合は、
800rpm 以下になってクラッチが後進に嵌入したことを確認してからガ
バナーを上げる必要があり、800rpm 以上で機関操縦レバーを後進に増
速操作しても回転数が上がって空転するだけで、クラッチを後進に嵌入す
ることはできなかった。
④
A社は、上記のクラッチ嵌入条件(以下、単に「クラッチ嵌入条件」と
いう。)について、乗組員等の船舶所有者側に説明しておらず、また、機
関取扱説明書にクラッチ嵌入条件について記載していなかった。
(2)
機関データの記録による機関の運転状況
①
本船の機関データによる本事故当時の機関回転数及び減速機作動油圧の
状況をグラフにすると次のとおりであった。
なお、A社担当者の口述によれば、通常、クラッチが嵌入していれば、
減速機の作動油圧は、20バール(bar)*4を超えるくらいであった。
(rpm)
(bar)
右舷機関回転数及び右舷減速機作動油圧
3,000
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
機関回転数
減速機作動油圧
2,500
2,000
1,500
1,000
800
500
*3
*4
18:30
18:20
18:10
18:00
17:50
17:40
17:30
17:20
17:10
17:00
16:50
16:40
(分:秒)
16:30
0
「インターロック」とは、誤った操作や機器の誤動作による事故を防止するため、ある操作など
が完了するまで次の操作に移行できないようにする動作抑制機構をいう。
「バール(bar)」とは、圧力の単位をいう。1バールは、10万ニュートンの力が1㎡に作用す
るときの圧力である。1bar:105Pa
- 7 -
(rpm)
(bar)
左舷機関回転数及び左舷減速機作動油圧
3,000
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
2,500
2,000
1,500
1,000
800
500
18:30
18:20
18:10
18:00
17:50
17:40
17:30
17:20
17:10
17:00
16:50
16:40
(分:秒)
16:30
0
また、機関長の口述によれば、本事故後に機関データを抽出した際には
時刻誤差を測定しなかったが、平成23年8月22日に測定したところ、
実際の時間に対し、約33秒の遅れがあった。
②
A社による機関データ解析結果報告及びA社担当者の口述によれば、次
のとおりであった。
本船は、約1,750rpm で前進中、後進一杯まで機関操縦レバーを操
作したが後進が働かなかったため、機関回転数が高い状態のまま短時間の
うちに中立及び後進の操作を繰り返した。この約45秒の間、800rpm
以上での操作であったのでクラッチが嵌入しなかった。
データ解析の結果から機関の操縦システム上の不具合は、発生していな
かった。
(3)
本事故後の海上運転試験
本事故後にA社が実施した海上運転試験結果報告書によれば、次のとおり
であった。
①
前進1,750rpmから後進一杯まで一気に機関操縦レバーを操作した場
合の動作確認では、後進に嵌入しなかった。機関操縦レバー位置は後進一
杯だが、インターロック制御が働き、クラッチ位置は中立の状態で機関回
転数だけが上昇した。
②
前進1,750rpmから機関操縦レバーを後進アイドリング位置にした場
合のクラッチ嵌入までの時間は、1回目が4.89秒、2回目が4.93秒
であった。
2.7
気象及び海象に関する情報
2.7.1
(1)
気象観測値及び潮汐等
気象観測値
- 8 -
本事故発生場所の東北東方約6.4kmに位置する豊橋地域気象観測所にお
ける観測値は、次のとおりであった。
(2)
18時00分
風向
東南東、風速
5.5m/s、降水量
0.0㎜
18時10分
風向
東南東、風速
4.8m/s、降水量
0.0㎜
18時20分
風向
東南東、風速
4.8m/s、降水量
0.0㎜
潮汐
海上保安庁刊行の潮汐表によれば、豊橋港における事故当時の潮汐は、大
潮のほぼ満潮時であり、潮高が約2.5mであった。
(3)
日没時刻等
海上保安庁刊行の天測暦によれば、本事故発生場所付近における本事故当
日の日没時刻は17時27分、月没時刻は17時22分であった。
2.7.2
乗組員の観測
船長の口述によれば、天気は曇りであり、風向は東、風速は約10m/s、波高は
約0.5mで、視界は良好であった。
2.8
見張り等及び機関操作に関する情報
2.8.1
見張り及び船位確認
(1)
船長の口述によれば、次のとおりであった。
①
本事故発生場所付近は、三河港内の航行に慣れた海域であり、視界が良
ければ物標を見て操船し、コンパスで船首方向を確認することはなく、本
件水路を通航する際は、陸岸寄りが浅いので簡易標識灯の灯光を船首目標
としていた。
②
本事故当時、中央の当直用椅子に腰を掛けて手動で操舵していたが、前
方が真っ暗だったので、緑が浜の岸壁北端を左転した辺りで立ち上がり、
船橋前面の窓に顔を近づけてのぞき込むように簡易標識灯の灯光を探した。
そろそろ見えるかと思いながら探していたが見付けることができなかった。
いつも航行しているので、ECDISやレーダー等を見なくても目視で簡
易標識灯の灯光を確認でき、安全に本件水路を通航できると思い、船位の
確認を行っていなかった。
③
本事故後、簡易標識灯の灯光を見付けることができなかったのは、灯光
を探す方向や大潮の満潮時で防波堤の高さが低くて視線の高さがいつもと
違っていたからではないかと思った。
④
操舵位置からECDISやレーダーまでは約1~1.5m離れており、
港内を高速力で航海中は目視による見張りに集中し、それらを操作して船
- 9 -
位を確認することは難しかった。また、一等機関士がECDIS等を使用
して監視対象船舶の情報を収集していたので、簡易標識灯の灯光を目視で
探せばよいと思い、一等機関士に船位の確認を指示しなかった。
(2)
機関長及び一等機関士の口述によれば、次のとおりであった。
①
機関長は、監視担当者と共にモニター区画で監視取締用機器の操作に当
たっており、モニター区画のAISが監視対象船舶の情報を拾えていな
かったので、操船区画の一等機関士にECDIS等で当該船舶の情報を収
集してもらいながら監視活動を行っていた。
②
一等機関士は、左舷側の当直用椅子に腰を掛け、ECDIS及びレー
ダーを使用して監視対象船舶の情報を収集していた。慣れた海域であった
ので、防波堤や灯浮標等に対する見張りは行っていなかった。
監視対象船舶の情報収集を終えて前方を見ていたら、うっすらと影のよ
うなものが見え、船長が「クラッチが後進に入らない」と言ったのを聞い
た。
2.8.2
機関操作等
船長の口述によれば、次のとおりであった。
(1)
本件防波堤に気付いた際、それほど近いとは感じなかったので機関操縦レ
バーを中立として一旦待ってから後進側へ操作したが、機関が後進にかかっ
たときの振動を感じなかったので後進に入っていないと思い、そのまま後進
一杯まで機関操縦レバーを操作した。
機関が後進に入らず行きあしが止まらないので、慌てて機関操縦レバーを
中立に戻して再度後進側へ操作し、この操作を2~3回繰り返したが後進に
入らなかった。機関が後進にかかれば防波堤の手前で停止できると思い、舵
を切ることは考えなかった。
(2)
ふだん、岸壁等に船首付けする際は、ゆっくり速力を落としていくので高
速で接近することはなかった。本事故当時、機関操縦レバーの操作方法はい
つもと同じであったが、操作を行う前の機関回転数がいつもより高回転で
あった。
(3)
機関が800rpm 以下にならないとクラッチが嵌入しないということは知
らなかった。
2.9
(1)
事故水域に関する情報
本件防波堤
海上保安庁刊行の海図W1057B(三河港南部)及び本件防波堤の現況断
- 10 -
面図によれば、本件防波堤は、緑が浜の岸壁北西沖から北西方に築造されて
おり、北端に三河港神野南防波堤灯台が、南端に黄灯(簡易標識灯)が設置
されている。また、本件防波堤の高さは、朔望平均満潮面(H.W.L)*5から
+2.30mであった。
(2)
簡易標識灯
港湾管理者の回答書によれば、簡易標識灯は、4秒1閃光の黄色点滅灯であ
り、防波堤上の灯高が2.28m、光達距離が約4.5kmであった。
船長の口述によれば、本事故後、簡易標識灯が点灯していたのを確認した。
3
3.1
分
析
事故発生の状況
3.1.1
事故発生に至る経過
2.1から、次のとおりであったものと考えられる。
(1)
本船は、18時17分ごろ本件水路を通航するために緑が浜の岸壁北端沖
で左転し、同17分40秒ごろ約250°の針路及び約25kn の速力で航
行した。
(2)
船長は、本件水路を通航する際に船首目標としていた簡易標識灯の灯光を
探しながら航行していたところ、前方の本件防波堤に気付き、機関を後進に
かけるために機関操縦レバーを後進側に数回操作したが後進にかからず、本
船が本件防波堤に衝突した。
3.1.2
事故発生日時及び場所
2.1.1 から、AIS記録における本船の速力が、18時18分28秒ごろから急
速に低下し始め、船位に変化が見られなくなっていることから、本事故の発生日時
は、平成22年10月8日18時18分28秒ごろであり、また、発生場所は、三
河港神野南防波堤灯台から142°400m付近であったものと考えられる。
3.1.3
衝突の状況
2.1.1 及び 3.1.2 から、本船が約249°の針路及び約12kn の速力で航行中、
本船の船首が本件防波堤に衝突したものと考えられる。
*5
「朔望平均満潮面(H.W.L)」とは、朔望(大潮)の日から前2日後4日以内に現れる各月の
最高満潮面を平均した水面(Hight Water Level)をいう。
- 11 -
3.1.4
船舶等の損傷の状況
2.3及び2.4から、本船には、船首部に圧壊が生じ、本件防波堤には、南端か
ら約77mの東側の上端角部に約2mにわたってコンクリートの欠損が生じたもの
と考えられる。
3.2
事故要因の解析
3.2.1
乗組員及び船舶の状況
(1)
乗組員
2.5から、船長は、適法で有効な海技免状を有していた。
(2)
船舶
①
2.6.2(3)及び 2.6.4(2)②から、本船は、本事故当時、船体、機関及び
機器類に不具合又は故障はなかったものと考えられる。
②
2.6.4(1)から、機関は、エンジン制御プログラムによりクラッチ嵌入条
件が800rpm 以下に設定されていたものと考えられる。
3.2.2
気象及び海象の状況
2.7から、次のとおりであったものと考えられる。
本事故当時、天気は曇り、風向は東、風力5、波高は約0.5m、大潮のほぼ満
潮時に当たり、潮高は約2.5mであった。また、本事故当日の日没は17時27
分ごろ、月没は17時22分ごろであり、視界は良好であった。
3.2.3
本件防波堤及び簡易標識灯の水面上の高さ
2.7.1(2)及び2.9から、本事故当時、本件防波堤の水面上の高さは約2.3mで
あり、簡易標識灯の灯光の水面上の高さは、約4.6mであったものと考えられる。
3.2.4
見張り等の状況
2.1.2、2.5(2)、2.8.1、3.1.1 及び 3.2.3 から、次のとおりであった。
(1)
船長は、本件防波堤付近を何度も航行したことがあり、夜間に本件水路を
通航する際は簡易標識灯の灯光を船首目標としていたものと考えられる。本
事故当時、ECDIS等の航海計器を見なくても簡易標識灯の灯光を確認で
き、安全に本件水路を通航できると思い、船位の確認を行わずに同灯光を探
しながら航行していたものと考えられる。
(2)
船長は、本件水路を航行するために緑が浜の岸壁北端沖で左転し、船首目
標の簡易標識灯の灯光を探しながら航行していたことから、本船が本件防波
堤に向首していることに気付かなかったものと考えられる。
- 12 -
(3)
船長は、本件防波堤及び簡易標識灯の灯光の水面上の高さがふだんに比べ
て低かったことから、簡易標識灯の灯光を見付けることができなかった可能
性があると考えられる。
(4)
一等機関士は、ECDIS等を使用していたが、監視対象船舶の情報収集
を行っていたこと、また、慣れた海域であったことから、航行するための見
張りや船位の確認を行っていなかったものと考えられる。
(5)
船長は、港内を高速力で航行中は目視による見張りに集中し、ECDIS
等を操作して船位を確認することは難しく、また、一等機関士が前記(4)の
とおり情報収集を行っていたことから、目視で簡易標識灯の灯光を探せばよ
いと思い、一等機関士に船位の確認を指示しなかったものと考えられる。
以上のことから、船長は、乗組員、設備等の船橋内で利用可能な資源を有効に活
用するBRM*6の手法を実践していれば、早期に本件防波堤や簡易標識灯の位置を
認識でき、本事故の発生を防止できた可能性があると考えられる。
3.2.5
機関操作の状況等
2.1、2.6.4、2.8.2 及び 3.2.1(2)②から、次のとおりであった。
(1)
AIS記録における本船の速力が、18時18分17秒ごろから低下し始
めたことから、船長は、18時18分17秒ごろ、前方の本件防波堤に気付
いて機関操縦レバーを操作し、クラッチを中立としたものと考えられる。
なお、AIS記録における速力の変化と機関データにおける機関回転数等
の変化の時刻が異なるが、機関データについては本事故発生時の時刻誤差を
測定していないことから、AIS記録を採用した。
(2)
船長が本件防波堤に気付いたとき、本船は、機関が約1,750rpm で約
24kn の速力であり、本件防波堤との距離が約80mであったものと考え
られる。
(3)
船長は、機関を後進にかければ防波堤の手前で停止できると思い、機関操
縦レバーを中立として一旦待ってから後進側へ操作したが、機関が約
1,750rpm から800rpm 以下へ減少する前に後進一杯まで同レバーを操
作したことから、機関が後進に入らなかったものと考えられる。
船長は、機関が後進に入らなかったので機関操縦レバーを中立に戻して再
*6
「BRM」とは、Bridge Resource Management の略であり、船舶の安全運航のため、乗組員、設
備、情報など、船橋(ブリッジ)において利用可能なあらゆる資源(リソース)を有効に活用(マ
ネージメント)することをいう。人間は、エラー(言い間違い、聞き違い、見間違い、思い違い、
誤操作など各種の過ち)をするものであるということを前提にし、小さなエラーの芽をチーム員の
相互作用(クロスチェックなどを含むチームプレー)により、初期段階で取り除くことによって大
事故に発展するエラーの連鎖を断ち切ることを主眼とする考え方をいう。
- 13 -
度後進側へ操作し、この操作を数回繰り返したものと考えられる。また、機
関を後進にかければ防波堤の手前で停止できると思い、舵を使用して右転又
は左転することを考えなかったものと考えられる。
(4)
A社は、クラッチ嵌入条件を乗組員等の船舶所有者側に説明しておらず、
また、機関取扱説明書にクラッチ嵌入条件について記載していなかったこと
から、船長は機関のクラッチ嵌入条件を知らなかったものと考えられる。
(5)
A社が、機関のクラッチ嵌入条件を機関取扱説明書に記載せず、また、乗
組員等の船舶所有者側に説明していなかったことは、本事故当時の船長の機
関操作及び操舵による衝突回避の操船を行わなかったことに関与したものと
考えられる。
以上のことから、機関製造会社及びその代理店は、クラッチ嵌入条件等の機関の
特性を機関取扱説明書に記載するとともに、乗組員等の船舶所有者側に説明する必
要があったものと考えられる。
3.2.6
事故発生に関する解析
3.1.1、3.2.4 及び 3.2.5 から、次のとおりであったものと考えられる。
(1)
本船は、三河港南部において本件水路を通航しようとして速力約24kn
で西南西進中、船長が、船位の確認を行わずに船首目標としていた簡易標
識灯の灯光を探しながら航行していたことから、本件防波堤に向首してい
ることに気付かず、同防波堤に衝突した。
(2)
船長は、ECDIS等の航海計器を見なくても簡易標識灯の灯光を確認で
き、安全に本件水路を通航できると思っていたことから、船位の確認を行
わずに簡易標識灯の灯光を探していた。
(3)
船長は、港内を高速力で航行中は目視による見張りに集中し、ECDIS
等を操作して船位を確認することは難しく、また、一等機関士が監視対象
船舶の情報収集を行っていたことから、目視で簡易標識灯の灯光を探せば
よいと思い、一等機関士に船位の確認を指示しなかった。
(4)
船長は、前方の本件防波堤に気付き、機関操縦レバーを中立として後進側
へ操作したが、機関回転数が、クラッチ嵌入条件である800rpm 以下へ減
少する前に後進一杯まで同レバーを操作したことから、機関が後進に入ら
なかった。
(5)
A社が、機関のクラッチ嵌入条件を機関取扱説明書に記載せず、また、乗
組員等の船舶所有者側に説明していなかったことは、本事故当時の船長の
機関操作及び操舵による衝突回避の操船を行わなかったことに関与した。
- 14 -
4
原
因
本事故は、夜間、本船が、三河港南部において本件水路を通航しようとして速力約
24kn で西南西進中、船長が、船位の確認を行わずに船首目標としていた簡易標識
灯の灯光を探しながら航行していたため、本件防波堤に向首していることに気付かず、
同防波堤に衝突したことにより発生したものと考えられる。
船長が、船位の確認を行わずに簡易標識灯の灯光を探しながら航行していたのは、
ECDIS等の航海計器を見なくても簡易標識灯の灯光を確認でき、安全に本件水路
を通航できると思っていたことによるものと考えられる。
5
参考事項
運航者は、平成22年12月22日、本事故を受けての改善計画を策定した。その
要旨は、次のとおりであった。
(1)
管理責任者は、出艇前に当日の取締計画に基づいた予定航路を乗船者全員で
打ち合わせ、予定航路上の危険箇所、要注意ポイントを把握させる。
(2)
船長その他の船舶職員は、それぞれの役割に応じたチームワークにより安全
運航を図る。特に、夜間等視界が悪い状況下での運航時には、必ず複数の職
員により周囲警戒を行うほか、レーダーやGPS等の機器を最大限活用し、
早目に危険を察知できるよう安全航行に専念する。
(3)
目標物が確認できないなど自船位置又は針路を見失った場合、操船者は、
ちゅうちょ
躊 躇なく減速又は停船して目標物を探索するとともに、自ら及び他の乗船者
に指示し、レーダー、GPS等の航海計器を活用して安全な針路を選択のう
え運航を再開する。
(4)
夜間等の運航時には、船舶職員の安全運航業務に支障が出ないよう、必ず複
数の監視取締要員を乗船させるほか、取締機器の取扱いを習熟させ、船舶職
員へ負担をかけないようにする。
(5)
本船の船舶職員3名については、他の船舶に乗船させ、安全運航についての
OJT*7を実施するとともに、海技に関する専門的な教育及び訓練機関におい
て操船技術等の再訓練を実施した。
*7
「OJT」とは、On the Job Training の略であり、職場での実務を通じて行う従業員の教育訓
練をいう。
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三重県
愛知県
事故発生場所
(平成22年10月8日
18時18分28秒ごろ発生)
三 河 港
付図1 推定航行経路図
写真1
写真2
本船の損傷状況
本件防波堤の損傷状況
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写真3
本船の全景
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