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【基調論文】
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
ユビキタスアクセス事業部
ユキビタスアクセス統括部長
ユビキタスアクセス事業部 ユビキタスアクセス事業部
第一技術部長
第一技術部
福田 節
助川 聖
長谷川 一知
Fukuda Misao
Sukegawa Kiyoshi
Hasegawa Kazutomo
ものの,いよいよブロードバンドアクセスサー
1.
ま
え
が
き
今日,国内におけるインターネットサービス
ビスの主役を FTTH サービスに譲り渡そうとし
ている感がある。
このような ADSL サービスのまさに成熟期に
の契約数はついに 3000 万加入を超え,その内,
あって,本稿では,ADSL サービスの驚異的な
2000 万加入がブロードバンドサービスを享受し
普及の源は何であったか,その背景には何があ
ている。とりわけ ADSL(Asymmetrical
ったのかを振り返り,普及を支えた国内外にお
Digital Subscriber Line)サービスの契約数は
ける極めて活発であった ADSL 伝送方式の技術
1400 万加入を超え,それはブロードバンドサー
標準化活動と合わせ,当社における ADSL 機器
ビスのほぼ 70 %を占める。2001 年初頭からの
開発の5年間の歴史を辿ってみたい。また,
同サービスの本格的な開始以来,この5年とい
FTTH サービスの本格的な普及の端緒についた
う短期間においてその契約数に達したことは,
今日,これからの ADSL を含めた既存のメタリ
旧来の通信サービスの加入伸長度に比較して驚
ックケーブルによるブロードバンドアクセスサ
異的なものであり,ADSL サービスこそが今日
ービスの担う役割についても概観したい。
のブロードバンドアクセスサービスの牽引者で
2.
あったことは間違いないであろう。
21 世紀を目前として,ビジネス用途から世代
を問わないパーソナル用途のインターネットの
2.1
ADSL サービス
ADSL サービスの普及の流れ
ADSL 伝送技術は,今を遡ること 16 年前の
爆発的な浸透へのトリガを探求していたとき,
1989 年,米国における ISDN(Integrated
既存の電話回線用メタリックケーブルを利用し
Service Digital Network)の 2B1Q (2 Binary,
てメガビット・クラスのブロードバンドアクセ
1 Quaternary)ラインコード
スサービスを極めて経済的に,かつ手軽に実現
米標準化の制定を機に,当時の DSL 研究者,
できる ADSL サービスこそが時代の要請に合致
技術者により,既存の電話回線用メタリックケ
していたと言える。
ーブルを利用した次世代の,究極の高速 DSL 技
注1)
を適用した北
一方,それから5年を経た今日,2005 年6月
術の研究対象として提案された。米国の通信研
に初めて,3か月間の FTTH(Fiber To The
究機関であった Bellcore によって提案された
Home) サービスの加入契約数が,ADSL サー
ADSL は,その後,同じくスタンフォード大学
ビスのそれを超えた。ADSL サービスの契約数
はそれでも毎月,10 万加入超を維持してはいる
注1)ISDN の北米標準仕様として制定された,2ビットのデータ
を4値振幅に割り当てる伝送路符号。
FUJITSU ACCESS REVIEW Vol.15 No.1
1
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
が提案した DMT(Discrete Multi Tone)技術注2)
つつ多様なアクセス網の導入を促進すること,
をベースとして,米国の ANSI(American
また,全国における広帯域インターネットの利
注3)
, DSL
用機会を確保することが必要であろう。」とし
,更には ITU-T(International
た。アクセス網,料金低廉,広帯域,および競
注5)
争をキーワードとするならば,正にこの基本政
National Standardization Institute)
Forum
注4)
Telecommunication Union)
等での国際標準
化活動を経て 1999 年末に実用化に至った。
策に沿って発展し,成功を収めたのが ADSL サ
ISDN の研究が 1978 年頃に開始され,日本にお
ービスである。
ける本格的な ISDN サービスである INS64
( Information Network System, 64kbps) が
1988 年に始まったことに思いを巡らすと,DSL
技術はどうやらほぼ 10 年周期で大きな変容,進
ADSL サービスが今日の普及に及んだ要因と
して以下が挙げられよう。
2.1.1
ADSL の経済性
ADSL は既存の電話回線用メタリックケー
化,そしてビジネス的な革新をもたらすようだ。
ブルをほぼそのまま利用できるため,光ファ
ちなみに ADSL が初めて提案された際に目標と
イバーの新たな敷設などを必要とせずに初期
された伝送速度は下り方向が 1.5Mbps,上り方
投資費用を最小限に抑圧できた。また,
向は高々 16 kbps である。国内においては 1996
ADSL サービスに必要な宅内機器は直接,加
年頃から,ADSL サービス用の LSI や機器の開
入者に配送され,自身の手で設置可能
発と合わせ,ADSL システムの実用化に向けた
(DIY : Do It Youeself)な簡易なものであっ
基本検討が開始された。その後のフィールドト
たため,工事など必要とせずにサービス運用
ライアルなどにより実用性が確認され,1999 年
費用も最小限に抑圧できた。
末の ADSL 試行サービスの開始に至った。
2.1.2
20 世紀末前後は,国内外においてインターネ
ADSL の広帯域性
ADSL は 1999 年当時でも下り方向に
ットを核とした IT(Information Technology)
1.5Mbps,上り方向に 512kbps の伝送速度を
革命を旗印に,政策的にそれをいかに実現する
確保しており,それまでの伝送速度である
かに躍起となっていた時期である。国内におい
64kbps の ISDN に比較しても優に 20 倍を超え
ても e-Japan 構想が発表され,IT とインターネ
る広帯域性を有していた。
ットを社会的に活用することによって,産業競
また,メタリックケーブルの性能限界から,
争力の一層の強化に基づいた経済的な活性化を
ADSL では技術的に下り方向の伝送速度を優
図り,世界第2の経済大国からなお一層の経済
先させた非対称方式であったが,これがイン
的発展を図らんとしていた。インターネット政
ターネットアクセスになんら支障を来たさな
策: e-Japan イニシアティブで謳われたネット
い伝送方式であった。さらに,お隣の韓国で
ワークインフラストラクチャーに関する基本的
は下り方向に8 Mbps のサービスも開始され
な政策方針をここで改めて引用したい。「競争
ており,将来の一層の広帯域化が期待できた。
原理の一層の徹底を通じたアクセス網の多様化
2.1.3
ADSL の競争性
による料金低廉化・広帯域化」,すなわち「ネ
新たな ADSL 事業者によるサービスの開始
ットワークインフラストラクチャーに関する政
や,ADSL 事業者間の競争を促す観点から,
策課題として,通信料金の低廉化や広帯域アク
電話回線用メタリックケーブルの利用に対し
セス網の実現,これらの全国展開等が存在する。
規制緩和が図られた。日本電信電話株式会社
これらの課題に対しては,事業者間競争を図り
様以外の事業者が ADSL サービスを広く展開
できるよう,先ず第一に,一対のメタリック
注2)使用する帯域を数 kHz ごとに分割して,個々に QAM 技術を
用いてデータ通信する方式。
注3)米国における標準化推進機関。
注4)米国にある DSL 標準化推進グループ。
注5)国連の専門機関の一つである国際電気通信連合の電気通信
標準化部門。
2
ペア線において従来のアナログ電話サービス
に使用されていた4 kHz(正確には 26kHz 以
上)を超えた帯域が,ADSL サービスのため
に新たな ADSL 事業者に開放されたのであ
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ADSL ブロードバンドアクセスサービス
16,000,000
600,000
月毎
累計
14,000,000
12Mbps
500,000
12,000,000
40Mbps
月
毎
加
入
者
数
400,000
10,000,000
10Mbps
300,000
8,000,000
8Mbps
26Mbps
200,000
50Mbps
1.5Mbps
4,000,000
100,000
0
6,000,000
累
積
加
入
者
数
2,000,000
1月
5月
9月
2001年
1月
5月
9月
2002年
1月
5月
9月
2003年
1月
5月
9月
2004年
1月
5月
2005年
0
図1 ADSL 加入者数推移
る。このラインシェアリングの条件や,更に
Mbps の機器を他社に先駆けて開発すること
はほかの事業者がある程度の自由度を確保し
により市場参入を果たした。このときが,
た上で局舎に自社の機器を設置できるコロケ
ADSL 事業者間の高速化競争の幕開けでもあ
ーション条件などの整備が行われた。
り,ADSL 加入者数の第一の急峻な伸長を見
その結果,上記の経済性,広帯域性と合わ
た。その翌年の 2002 年に当社は LSI サプライ
せて今日まで続く新旧 ADSL 事業者間のし烈
ヤと協力して唯一,10Mbps 化を実現し,同
な ADSL サービスの拡大競争が展開された。
年,9月の 12Mbps 化に繋げた。このとき,
加入者側の視点からみれば,従来のダイヤル
ADSL 加入者数の第二の急峻な伸長を見,単
アップによる ISDN やデータモデムによるイン
月で全国において 50 万を超えるという加入数
ターネットサービスでは3分,10円相当の利用
ピーク値を記録した。その後,ほぼ2年間を
料金であったものが,定額料金,かつ常時接続
かけて 26Mbps 化,更には 40Mbps 化を果た
によるブロードバンドインターネットサービス
し,今日の ADSL 技術の発端時には想像の域
を享受でき,しかもそれが毎月,数千円で済む
にも入っていなかった 50 Mbps 化という高
こととなり,経済性を主としたその利用環境が
速・広帯域サービスに至った。図からも分か
大きく変わったことも見逃すことはできない。
るように,一層の高速化サービスの開始が単
こうした背景から ADSL サービスの展開に
月加入者数の復旧をもたらしている点は,
向けた条件や環境,法規制が整った 2001 年に
ADSL 事業者間の高速化によるプロモーショ
入り,幾多の新規 ADSL 事業者が参入し始め,
ン効果によるものとも言えようが,いかに加
ADSL サービスによる事業拡大,加入者獲得
入者が高速・広帯域化への欲求が強かったこ
競争の火ぶたが切って落とされた。その最大
とか,言を待たないであろう。
の武器は国外では例を見ない飽くなき高速化
への追求にあった。
こうした5年間に及ぶ ADSL サービスの高
速化競争を経て,e-Japan イニシアティブの
図1に 2001 年初頭から今日に至る国内の
ADSL 加入者数の推移を,総務省による公表
データに基づき,5年間の月ごとの加入者数
と累計の加入者数とで合わせ示す。
目論みどおりにその加入者数は 2005 年6月に
1400 万を超えるまでに至った。
ADSL サービスへの機器サプライヤとし
て,当社も 2003 年の 26Mbps 化を機に,
主要な新規 ADSL 事業者の参入は 2001 年初
ADSL モデムの 100 万台を超える提供を果た
頭から下り方向が 1.5Mbps の ADSL サービス
すことができた。過酷な競争時には半年間に
によって開始された。ADSL サービスの機器
2度の高速化開発を推進してき,タイムリー
サプライヤとしての当社は,いち早く高速・
に同サービス用機器を市場に提供できたこと
広帯域化への要求を予見し,同年,9月に8
に,また今日の誰もが手軽に享受できるブロ
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3
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
(a)周波数帯域拡張による高速化
(b)フルビットローディングによる高速化
G.992.2 Annex C
従来のビットローディング
上り 下り
上り
0.55M
周波数[Hz]
周波数
フルビットローディング
G.992.1 Annex C
上り
上り 下り
1.1M
下り
下り
周波数
周波数[Hz]
G.992.1 Annex C.X(Dual Spectrum)
上り
(c)帯域オーバーラップよる高速化
下り
1.1M 2.2M
周波数[Hz]
G.992.1 Annex C.X(Quad Spectrum)
上り
周波数分割モード
上り
下り
周波数
オーバーラップモード
1.1M 2.2M 3.75M 周波数[Hz]
G.992.1 Annex C.X(Super Upstream Quad)
上り
下り
下り
上り
下り
周波数
上り
1.1M 2.2M 3.75M 周波数[Hz]
図2 ADSL の高速化
ードバンドアクセスサービスの浸透に多少な
下り方向に 1.5Mbps,上り方向に 512kbps の
りとも当社が寄与できてきたことに望外の喜
伝送速度を提供するいわゆる G.lite(国内では,
びを禁じえない。
ISDN との共存を維持した G.992.2 Annex C 方
2.2
式)では,下りに 138kHz から 512kHz,上りに
ADSL サービスの高速化の流れ
高々4 kHz 帯域の使用に設計された既存の電
26 kHz から 138kHz の伝送周波数帯域を割り振
話回線用メタリックケーブルを利用して ADSL
った。2001 年9月の本格的な高速化競争の先駆
によるメガビットクラスの高速伝送を可能とし
けとなった下り方向,8 Mbps の実現に対して
たのは,一つは,それまでの ISDN 伝送などに
は,下り方向の周波数帯域を倍の 1.1MHz に拡
用いられていたベースバンド伝送方式から,目
張したいわゆる G.dmt(同じく,ISDN との共
覚しい LSI デバイス技術の進展に伴い,DSL に
存を維持した G.992.1 Annex C 方式)を適用し
複雑な,高速なデジタル信号処理を必要とする
ている。G.lite から G.dmt の高速化では,下り伝
注6)
QAM(Quadrature Amplitude Modulation) や,
送帯域を倍にしたことに加え,その帯域を占め
その拡張である DMT などのパスバンド伝送方
るそれぞれのマルチ・トーンに割付けられるビ
式の適用が可能となった点,一つに,下り方向
ット数を 15 ビット程度に最大化し,1.5Mbps か
と上り方向の信号分離に FDM(Frequency
ら8 Mbps への高速化を図った。その様子を図
Division Multiplexing)方式を採用し,一対の
2(b)に示す。
メタリックペア線によって双方向伝送を可能に
さらに,当社は S =1/2と呼ばれるリード
した点にある。したがって,ADSL サービスの
ソロモン符合によるビット誤り訂正の効率化を
一層の高速化に対しては,ADSL 伝送周波数帯
図ることにより,下り伝送速度が 10Mbps にま
域の拡張と,それを現存の経済的な LSI デバイ
で達した機器を 2002 年7月に市場投入し,
ステクノロジによっていかに効率よく実現する
10BASE-T に よ る 構 内 LAN( Local Area
かが基本であった。
Network)相当の高速伝送を公衆電話回線用の
図2(a)に,下り方向が 1.5Mbps から 50
Mbps に至る逐次の高速化に対応した ADSL 伝
送周波数帯域利用の拡張を模式的に示す。
注6)デジタル変調方式の一つで,信号の同相,直交成分を独立チ
ャネルとして設定することができる。
4
メタリックケーブルによって実現した。
更なる高速化には,FDM 方式にこだわるこ
となく,富士通 1 が 1990 年代初頭に既に提案
していた,下り方向の伝送周波数帯域を低域に
まで拡張し上り方向の帯域とオーバーラップさ
FUJITSU ACCESS REVIEW Vol.15 No.1
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
せる周波数帯域の拡張方式を採用することによ
されたい。
り,その伝送速度を 12 Mbps にまで高めること
3.
ができた。ただし,オーバーラップした下りと
ADSL 伝送方式の技術標準化活動
上りの送受信信号の分離にはエコーキャンセル
前章で述べてきたように,日本国内において
処理の適用が必要であったが,高性能 DSP
ADSL がここまで広く普及したその背景とし
注7)
(Digital Signal Processor)
の恩恵によってそ
て,長年に亘る国際標準化活動や国内のスペク
れを実現することができた。その周波数帯域拡
トル管理基準の制定に多くの関係者が貢献して
張の様子を図2(c)に示す。下り周波数帯域
きたことが挙げられる。本章では,主に ITU-T
を更なる倍の 2.2MHz,ほぼ4倍の 3.75MHz と
における ADSL の国際標準化,および TTC(The
まで拡大することにより,フルビットローディ
Telecommunication Technology Committee)
ングやオーバーラップモード技術を駆使しつ
におけるスペクトル管理基準の制定について,
つ,26Mbps,40Mbps,そして今日の 50Mbps
国内の ADSL サービスの進化と照らし合わせな
に至るまでの高速化を図ることができた。なお,
がら振り返ることとしたい。
下り方向だけでなく上り方向においても高速化
3.1
注8)
ADSL 国際標準化活動
の努力が払われ,1 Mbps から3 Mbps に,そ
1989 年の Bellcore の提案から初期段階の各種
して 2005 年9月には下り方向の伝送周波数帯域
仕様の検討を経たあと,スタンフォード大学が
の高域に上り方向の伝送周波数帯域を配置する
提案した変調方式 DMT が高い評価を受けた。
ことにより 12Mbps 超の高速化を図っている。
その後 ANSI において,DMT を核に標準化作
これは,今後,ますます利用されるであろう個
業が開始され,1995 年に下り6 Mbps をターゲ
人ベースの動画像ファイルのやり取りなどに有
ットとした初の ADSL 標準 T1.413 第一版が制定
効となる。
された。
当社は,ここまで述べてきた 1.5Mbps から
一方,ETSI(European Telecommunications
50Mbps に至る高速化開発において,特には局
Standards Institute) に お い て は , HDSL
舎 に 設 置 さ れ る DSLAM( Digital Subscriber
(High bit-rate Digital Subscriber Line)の標準
Line Access Multiplexer)開発において,機器
化など,別途,活動を開始していたこともあり,
の基本アーキテクチャーは変えずに,主にはそ
世界統一標準の制定の機運が高まり,1997 年か
こに搭載されるラインインターフェースカード
ら ITU-T SG15 課題4にて DSL の国際標準化作
やオペレーションシステムの開発においてのみ
業が開始されることとなった。ADSL に関して
対応することができた。経済性を高めつつ将来
は,T1.413 をベースとした G.992.1,およびパー
の高速化を見込んで採用した,一切の装置内配
ソナルコンピュータへの実装を主目的として
線ケーブルを除去できるラインインターフェー
1.5Mbps をターゲットとした G.992.2 が,1999 年
ス カ ー ド と POTS( Plain Old Telephone
に ITU-T において制定された。
Service)スプリッタのバックトゥバック接続ア
富士通 1 は ITU-T SG15 課題4に設立当初か
ーキテクチャーなどは,高速・広帯域伝送に最
ら参加してきた。ISDN サービスに TCM
大のネックとなる漏話雑音対策ともなり,効率
(Time Compression Multiplex)方式を採用し
よく,かつタイムリーに ADSL サービス用機器
ていた日本においては,その伝送周波数帯域が
を提供することができた。
ADSL 方式のそれと重なるため,ANSI 標準
最新の下り方向 50Mbps 超,上り方向
T1.413 をそのまま適用すると ADSL と ISDN と
12Mbps の伝送速度の実現を始めとした ADSL
の間で相互干渉が起きてしまうという問題がそ
伝送方式や伝送特性の詳細については,本誌,
の当時から知られていた。その問題を解決する
論文「ADSL プライムサービスの提供」を参照
ため,日本からの ITU-T への参加企業の間で,
注7)ディジタル信号処理用プロセッサ LSI。
注8)社団法人 情報通信技術委員会。
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5
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年
上りサービス速度
0.5
1
1
1
1
1
3
12Mbps
下りサービス速度
1.5
8
10 12 26 40
50
50Mbps
いた。
しかし,国内に関しては諸外国に例を見ない
し烈な高速化競争が繰り広げられており,
ITU-T
標準
G.992.2C
G.992.1I
G.992.1C
G.992.1 Rev.C
G.992.3 等をベースとして新サービスを開発する
のは時間的に困難な状況にあったため,結局,
G.992.1 をベースとしたまま高速化を目指すこと
となった。日本の ADSL サービスの高速化の急
展開に,国際標準化作業が追い着いていくこと
TTC
JJ100.01
第一版
第二版
第三版
注)下り12Mbps以上のサービスでは,TTCにてスペクトル
適合性が確認され次第,サービスの提供が可能となった
ができなくなってしまったのである。
2002 年6月から,シェープトオーバーラップ
技術による C.X 方式や長延化技術を取り込んだ
G.992.1 Annex C の改定版,および Annex C を
図3 ADSL の標準化
ベースとして,G.992.5 と同等程度の高速化を実
ADSL を日本へ適用するための検討が開始され
現する新 Annex を G.992.1 に新設することを目
た。
的に,ITU-T に対するアップストリーム活動と
その後,富士通 1 が提案したスライディン
グウィンドウ方式が国内向けの ADSL 仕様の基
本技術として採用されている。スライディング
いて開始された。
こうした TTC での国内標準化活動を経て,
ウィンドウ方式によって,世界標準仕様の基礎
2003 年春には ITU-T において G.992.5 の標準制
技術をそのまま採用しつつ,ISDN から受ける
定と同時期に G.992.1 Annex C の改定版,およ
漏話雑音の周期的変化に柔軟に対応し,相互干
び新 Annex として Annex I が制定された。なお,
渉を最小限に抑えることが可能となった。
G.992.3,および G.992.5 の Annex C に関しては,
TCM 方式 ISDN との共存に適した日本向け仕様
その後,2005 年7月に制定されている。
は,G.992.1,G.992.2 それぞれの付属勧告 C
(Annex C)として制定されることとなった。
当社は 2001 年末から富士通 1 に代わり,富
士通グループの中で DSL に関する標準化を担う
その間,富士通㈱は,簡易型 ADSL の普及を
こととなった。2002 年6月からの TTC,およ
目的に設立された業界団体 UAWG(Universal
び ITU-T における活動では,特に G.992.1
ADSL Working Group)にも,日本メーカーと
Annex C の改定版の制定について大きく寄与す
して唯一参加し,G.992.2 Annex C の制定に寄
ることができた。また,G.992.3,および G.992.5
与している。
の Annex C に関しては,主導的な立場でその制
図3に,以降に述べる国内で採用した ADSL
標準とサービス速度を年代順に示した。
3.2
6
しての検討が国内標準化機関である TTC にお
定に取り組んでいる。
Annex I の制定を受けて,2003 年9月から
26Mbps サービスが開始された。その後,さら
ADSL 国内標準化活動
国内における ADSL サービスの高速化競争は
に,2003 年末から 40Mbps,2004 年夏から
国際標準化の場においても大きな影響を与える
50Mbps サービスが開始されている。50Mbps サ
要因となった。すでに ITU-T では,主に ADSL
ービスを見込み,Annex I のオプション技術と
通信システムの信頼性を高める技術等を備えた
して,Annex I の帯域を更に 3.75MHz にまで拡
新標準 G.992.3(ADSL2 とも呼ばれる G.992.1 を
張したクワッドスペクトルが,一部,ITU-T に
ベースとした標準),および G.992.4(G.992.2 を
おいて提案されていたが,再三に渡る提案にも
ベースとした標準)が制定されており,更に
かかわらず,主にその必要性を疑問視する他国
G.992.3 をベースに下り帯域を2倍の 2.2MHz に
企業からの反対を受けて,ITU-T 標準としては
まで拡張し,一層の高速化を狙った新標準とし
採用されていない。そのため,各事業者ともに,
て,G.992.5(ADSL2plus)の検討が開始されて
40Mbps サービス,および 50Mbps サービスは
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ADSL ブロードバンドアクセスサービス
独自仕様となっている。
張は下り信号との干渉を生じやすいため,TTC
こうして,国際標準仕様の制定まで待たずに
では慎重に議論が重ねられてきた。そして,
独自仕様の伝送方式による高速化サービスを提
2004 年夏に,上り帯域を 483kHz にまで拡張し
供するに当たり,各方式の相互干渉によって伝
た上り帯域拡張技術,および,当社が上り
送品質が劣化してはならない。そこで国内にお
12Mbps の伝送速度を実現する高速化技術とし
いてはいち早く高速化サービスを開始していく
て 採 用 し た SUQ( Super Upstream system
ために,異種伝送方式の相互干渉を可能な限り
combined with the Quad overlap),SUQ 2方
低減しようとするスペクトル管理活動に国内の
式の双方が合意された。
ADSL 事業者を始めとした機器,LSI サプライ
ヤは注力した。
その後,この合意事項の適用が確認されたう
えで,JJ-100.01 第三版が 2005 年3月に制定され
ここで国内のスペクトル管理基準の制定につ
いて振り返る。国内のスペクトル管理基準は
TTC において策定作業が実施され,2001 年 11
ている。
3.3
今後の標準化活動
ITU-T においては,以前から検討が重ねられ
月に JJ-100.01 第一版が制定された。その後,
てきたものの変調方式の採用をめぐって混乱が
2002 年 11 月を目標として第二版の制定作業が
続 い て き た VDSL( Very high speed Digital
進められていたが,し烈な競争が標準化活動の
Subscriber Line)の標準仕様である G.993.1 が
場にも持ち込まれ,2002 年8月に TTC の中立
2004 年6月に制定され,その後,ADSL の標準
性への疑念の表明や JJ-100.01 の廃止を求める動
仕様である G.992.3 と G.993.1 を融合した新標準
きをきっかけに TTC での作業が中断された。
である VDSL2 の標準化作業が続いている
その後,改めて総務省情報通信審議会の配下に
(VDSL2 は 2005 年5月に G.993.2 としてコンセ
DSL 作業班が設置され,DSL スペクトル管理の
ントされ,2005 年 10 月現在,標準化に向けた
基本的要件が定められたことを受けて,再度
承認作業中)。VDSL 2では下り,上り方向の最
TTC で JJ-100.01 第二版に向けて議論が再開さ
大速度はともに 100Mbps がターゲットとされて
れた。
おり,いわば電話回線用メタリックケーブルの
JJ-100.01 第二版では,保護されるべきサービ
特性を極限まで使用した究極の方式ともいえ
スとして,第一版で定義されていた G.992.1,お
る。今後は隣接回線間の漏話雑音を除去するこ
よび G.992.2 の FDM タイプの ADSL に加え,
とで実効速度を上げることのできる DSM
G.992.1 Annex C の改定版 で採用されている
(Dynamic Spectrum Management)方式の検
C.X 方式,更にはすでにサービスが提供されて
討も予想されるなど,今後も DSL をめぐっては
いるユーザーを保護する目的から,オーバーラ
目が離せない状況が続きそうである。
ップ技術を用いた方式についても認められ,
2003 年 11 月に制定された。なお,JJ-100.01 第二
4.
ADSL モデムによるサービスの拡大
版の制定作業を進めていた 2003 年夏にはクワッ
これまでの章では,主には国内における
ドスペクトルのスペクトル適合性が確認されて
ADSL サービスの高速化を追求した競争や取り
おり,これを受けて,40 Mbps サービス,およ
組み,また標準化活動について述べてきた。
び 50 Mbps サービスが開始されることとなっ
一方,加入者宅内に置かれる ADSL モデムに
ついては,伝送速度の高速化に加え,シンプル
た。
局舎から加入者宅への下り方向の高速化に関
なブロードバンドルータの機能の提供から始ま
しては,50Mbps サービスをもって技術的な限
ったものが,サービスの拡大の一途を辿り,
界が見えてきたことから,次は加入者宅から局
VoIP(Voice over IP)機能や無線 LAN インタ
舎への上り方向の高速化に関心が移っていっ
ーフェース機能などを次々に付加していった。
た。ITU-T では上り方向の帯域拡張技術の検討
今日では,世代を問わず誰にでも手軽にブロー
が 2002 年から開始されていたが,上りの帯域拡
ドバンドアクセスサービスを享受できるよう,
FUJITSU ACCESS REVIEW Vol.15 No.1
7
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
2003年1月
2003年8月
8 Mbps
12 Mbps
26 Mbps
ADSL Modem
BBルータモデム
FLASHWAVE 2040 M1
BBルータモデム
FA11-M2
BBルータモデム
FLASHWAVE 2040 V1
+VoIP対応
FA11-W3
+VoIP/無線対応
2001年10月
2004年2月
2004年11月
40 Mbps超
FA11-W4
+VoIP/無線対応
2005年10月
50 Mbps
FA11-W4v6
+IPv6対応
FA11-W5
+VoIP/無線対応
図4 ADSL モデムの製品化
自動セットアップ機能や,自動ファームウェア
能を付加したものであり,当社として ADSL
更新機能の追加が進み,ADSL サービスの一層
サービス用として世界に先駆けて始めて開発
の普及を後押しした。
した VoIP 対応 ADSL モデムである。
4.1
3) FA11-M2 / FA11-W3
ADSL モデムの開発
当社の ADSL モデムは,8 Mbps に対応した
本モデムは,26Mpbs 対応のブロードバン
ADSL サービス用として,2001 年から加入者へ
ドルータモデムである。M2 モデムは,M1 モ
の提供が開始された。以降,ADSL サービスの
デムをベースに ADSL の高速化を図ったもの
高速化,高機能化に合わせて,順次,新モデル
である。W3 モデムは,V1 モデムをベースに,
を世の中に送り出してきた。
26Mbps へと ADSL の高速化を図り,かつ無
図4に各モデルの提供時期とそれらが具備し
た基本機能を示す。
のである。本機能と ADSL インターフェース
以下に各 ADSL モデムの特長や機能について
機能,ルータ機能,VoIP 機能とを合わせ,
紹介する。
4種の機能を統合化して一つのボックスに収
1) ADSL Modem
容し,加入者の使い勝手を格段に向上するこ
本モデムは,当社が初めて世の中に送り出
とができた。また,W3 モデムから採用した
した8 Mbps 対応のブロードバンドルータモ
ケースデザインは,ある種の生物や器物を連
デムであり,ADSL インターフェース機能と
想させ,親しみ易さの点から評判を得た。
ルータ機能を一体化したものである。ソフト
4) FA11-W4
ウェアにより設定を切替え,ブリッジタイプ
本モデムは,40Mbps 対応ブロードバンド
として使用することもでき,加入者のネット
ルータモデムである。W3 モデムをベースに,
ワークに合わせた広範囲な適用が可能な作り
ADSL の一層の高速化を図り,かつインター
となっている。本ルータ機能とブリッジ機能
ネット接続設定と VoIP 設定の自動セットア
の切り替え利用の思想は,その後の ADSL モ
ップ機能を付加したのもである。本機能によ
デムの開発に引き継がれた機能である。
り,従来,加入者は取扱説明書を読みながら
2) FLASHWAVE 2040 M1 / FLASHWAVE
2040 V1
各機能を設定していた煩わしさから解放さ
れ,より広い世代に手軽に ADSL サービスが
本モデムは,12Mbps 対応のブロードバン
ドルータモデムである。M1 モデムは,ADSL
8
線 LAN インターフェース機能を付加したも
利用できるようになった。
5) FA11-W5
インターフェース機能とルータ機能を一体化
本モデムは,50Mbps 対応の最新のブロー
したものであり,V1 モデムは,12Mbps の
ドバンドルータモデムである。W4 モデムを
ADSL インターフェース機能に加え,VoIP 機
ベースに,ADSL の更なる高速化を図り,か
FUJITSU ACCESS REVIEW Vol.15 No.1
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
つインターネット接続,VoIP 設定に加え無
Protocol version 4/ version 6)デュアルス
線 LAN インターフェース設定の自動化機能
タック機能対応である。今後のネットワークの
を付加したものである。ADSL サービスの高
IPv6 化への整備に合わせて,必須の機能となっ
速化が一段落した今日,本 W5 モデムが高速
ていくと予測している。
化・高機能化の集大成モデムとして,今後,
以上,約5年間の ADSL モデムの開発の歴史
末永く,広く利用されていくことを願って止
の中で,ほぼ8種類もの ADSL モデムを世の中
まない。
に送り出したことになる。ADSL サービスの高
4.2
ADSL モデムの高速化と高機能化
速化競争も 50Mbps 対応で一段落すると考えら
ADSL モデムの開発の経緯は,ADSL サービ
れ,今後はより高機能化に絞った開発の戦略が
スの高速化と高機能化という二つの命題にチャ
必要となろう。インターネット網の普及に合わ
レンジしてきた歴史でもある。ADSL サービス
せて,ADSL モデムを宅内キーステーションと
の高速化対応では,ADSL 速度にあわせる形で,
して魅力的な,ユーザーオリエンテッドなサー
12Mbps 対応,26Mbps 対応,40Mbps 超対応,
ビスを,いかに提供できるかがポイントとなる。
50 Mbps 対応モデムについて順次開発を行って
セキュアなネットワークの実現の中で,いかに
きた。高速化への対応では,ADSL モデムのフ
キラーサービスを構築できるかが,今後の展開
ァームウェアの変更だけでなく,高速化に対応
において必要な要件であろう。
した ADSL インターフェース用 LSI を新規に採
用することがほとんどであり,1年間に2度に
までおよぶ短期間での開発は,市場の要求に応
5.
む す び
既存の電話回線用メタリックケーブルを使用
した ADSL ブロードバンドアクセスサービス
える上で苦労した点である。
高機能化では,映像配信も含めたトリプルプ
は,50Mbps という極限にまで高速化され,
レイに対応するため,ルータ機能に追加する形
ADSL 事業者間のし烈な事業拡大競争と相まっ
で,音声 DSP 採用による VoIP 機能,無線 LAN
て 1400 万超の利用者を得ている。FTTH サービ
インターフェース機能,更に自動セットアップ
スが本格化した今日,メタリックケーブルによ
機能(オートマチック機能)を順次追加した。
るブロードバンドアクセスの役目はどこに向う
無線 LAN インターフェース対応は,本体 ADSL
のであろうか。
モデムに無線 LAN AP(Access Point)カード
一つは,FTTH のラストハーフマイルに適用
を挿入する形態をとっている。これは,無線
され,主には既存のマンション構内において
LAN を使用する加入者が増加していく過渡期に
100Mbps の伝送速度を確保し得る VDSL サービ
おいては,ユーザーニーズに合わせて ADSL モ
スとして今後も経済的なブロードバンドアクセ
デムの対応機能を柔軟に変更できるメリットが
スとして広く利用され続けるであろう。
また,2010 年に FTTH サービスの加入数を
ある。
また,自動セットアップ機能については,イ
3000 万超とすることが叫ばれているが,そのと
ンターネットユーザーの裾野を広げる意味でも
きにおいてもほぼ 2000 万の電話回線用のメタリ
有意義な機能である。つまり,VoIP,無線
ックケーブルが何れにしても残る。そこではロ
LAN の普及により,その初期設定の煩雑さに閉
ングリーチの DSL サービスの適用が期待され
口した加入者が多い中,ADSL モデムの電源を
る。メタリックケーブルの利用においては,高
オンするだけで,すぐにインターネットを利用
速性を維持した上での更なる長延化に対して
できる機能は,お年寄りやパソコンによる設定
は,あらゆる漏話雑音の抑圧が残された大きな
を不得意とする加入者には好評であったと言え
課題であり,LSI デバイステクノロジの更なる
る。
進展を得て,最近,実現性が議論されつつある
さらに,将来を見据えた開発のアプローチも
DSM(Dynamic Spectrum Management)技術
行っており,その代表が IPv4 / IPv6(Internet
がその課題を克服する有効な手段として適用さ
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9
ADSL ブロードバンドアクセスサービス
れることが期待される。
参考文献
また,ADSL サービスの加入者は現在におい
ても毎月,ほぼ 10 万加入の増加を得ている。
1) 福田節(共著):ディジタル信号処理,第5章,
加入者線伝送における信号処理,丸善,1994 年.
ADSL サービスはもはや国民的なブロードバン
2) 次世代インターネット政策に関する研究会編:
ドアクセスとして成熟した。今後は高速化から
IT 革命のための e-JAPAN イニシアティブ,クリ
ユーザーオリエンテッドなさまざまなサービス
エート・クルーズ,2000 年.
の提供に一段と目が向けられ,広く加入者に行
3) 総務省報道資料:ブロードバンドサービス等の
き渡った ADSL モデムがそのさまざまなサービ
契約数(平成 17 年6月末): http://www.
スを提供する宅内キーステーションとしての役
soumu.go.jp/s-news/2005/ 050831_3.html
割を担っていくであろう。
4) Walter Y. Chen : “ The Development and
Standardization
Subscriber
of
Asymmetrical
Line” , IEEE
Digital
Communications
Magazine, Volume 37, Number 5, pp.68-72,
May 1999.
5) 日経コミュニケーション No.382,2003.1.20.
10
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