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Ⅰ 乳幼児の事故防止とは 事故の定義には、一般的には、WHO (国際疾病分類(ICD))の分類が用いられます。 現在、日本では、ICD-10(国際疾病分類第10次修正)が、用いられています。厚生労 働省の人口動態統計年報・人口動態統計調査(年報にまとめる前のデータ)においても、 死因の分類にICD-10を用いています。 ICD-10において、不慮の事故は、V01∼X59とされており、その内容は、以下のとお りです(小項目は抜粋)。 V01-X59 不慮の事故 V01-V99 交通事故 W00-X59 不慮の損傷のその他の原因 W00-W19 転倒・転落 W65-W74 不慮の溺死および溺水 W75-W84 その他の不慮の窒息 X10-X19 熱および高温物質との接触 3 事故防止をめぐる最近の動向 (1)健やか親子21での事故防止対策について 厚生労働省の21世紀の母子保健の国民運動計画「健やか親子21」の中間評価では、「小 児の不慮の事故死亡率は改善傾向にあるものの、なお死因の1位であり、今後も取組を推進 していく必要がある。その際、より現実を反映できるようなモニタリング方法に見直すべ きである。」としています。平成21年度までの5年間の目標においては、引き続き小児の 不慮の事故死亡率を半減させることを目標としつつ、関係者の取組方向を示しています。 Ⅰ 乳幼児の事故防止とは 1 事故の定義 (2)経済産業省での事故防止対策について 経済産業省では、子どもの安全・安心と健やかな成長発達を目指した「キッズデザイン」の 普及・推進に取り組んでいます。また、平成19年度から、子どもを安心して生み育てられ る生活環境を整備するため、子どもの事故情報の収集・分析・共有等システム構築事業(安全 知識循環型社会構築事業)を、独立行政法人産業技術総合研究所及び国立成育医療センタ ー、NPO法人キッズデザイン協議会と共に行い、子どもの事故防止を図っています(図1 ・2)。 図1 安全知識循環型社会構築事業について 図2 キッズデザインマーク 2 事故防止にかかる法的な位置付け (1)母子保健法 母子保健法の実施方法を定めた厚生労働省通知(「母性、乳幼児に対する健康診査及び 保健指導の実施について」平成8年11月20日付児発第934号)では、乳児期の保健指導内容 に「乳児の安全な環境を整備することが保護者の大切な役目であることを認識させ、事故 防止のため環境の整備を行い、たばこ等の異物誤飲、風呂場等での溺水、窒息、転落、熱 傷等の防止について保護者の注意を喚起するよう指導すること」をあげています。 (2)次世代育成支援対策推進法 「行動計画策定指針」において、子どもや母親の健康の確保及び増進のために、「様々な 機会を通じて誤飲、転落・転倒、やけど等の子どもの事故の予防のための啓発等の取組を 進めることが望ましい。」とされています。 (3)その他 道路交通法におけるチャイルドシート着用の義務、消費生活用製品安全法による製品の 安全性の確保などがあります。 子どもの安心・安全の向上、健やかな 成長発達に役立つデザインを顕彰 (経済産業省資料) (3)事故防止対策への取組の社会的な広がり 図3 子どもの行動理解と事故予防の研究 回転ドアの事故*や、プールの吸水口の吸い込まれ事故** などを契機に、子どもの身体・行動特性の研究、事故原 因の工学的分析や、医療機関等における事故情報収集(サ ーベイランス)の研究などが連携した業際的な取組が強 化されています(図3)。 NPO法人子どもの危険回避研究所や、NPO法人プ レイグラウンド・セーフティー・ネットワークなど、子 どもの事故防止に取り組む民間団体も現れています。住 民との協働や普及啓発の担い手としての役割が期待され ます。 独立行政法人産業技術総合研究所 西田佳史・本村陽一・山中龍宏より * 平成16年3月 東京都港区六本木ヒルズの回転ドアに6歳の男児が挟まれ死亡した事故 ** 平成18年7月 埼玉県ふじみ野市のプールの吸水口に7歳の女児が吸い込まれ死亡した事故 2 3 Ⅱ 1 人口動態統計からみた乳幼児死亡の概要と不慮の事故 乳幼児期の事故防止対策は、母子保健・福祉や、救急医療・生活安全、消費者教育、交 通安全といった分野から取り組まれており、目的と実施内容、期待される効果はそれぞれ に異なります。保護者に対して、各分野の視点を総合的に取り入れた事故防止対策を行う ことにより、以下の3つの重要な効果が期待できます(図4)。 (1)乳幼児の死因の上位を占める不慮の事故 乳幼児の死因の順位をみると、全国、東京ともに、0∼4歳児では、不慮の事故が上位 を占めており、この傾向は、過去5年変わっていません(表1)。 表1 不慮の事故が死因に占める順位 (1)子どもの健全育成 心身機能の未熟な乳幼児期の事故は、生命や予後の発達に大きな影響を及ぼす危険があ ります。子どもの事故による傷病の防止は、健全育成のために不可欠です。 平成 14 年 平成 15 年 平成 16 年 平成 17 年 平成18 年 0歳児 第4位 第5位 第5位 第3位 第5位 1∼4歳児 第1位 第1位 第1位 第1位 第1位 0歳児 第5位 第4位 第6位 第3位 第7位 1∼4歳児 第2位 第2位 第3位 第3位 第1位 Ⅱ 乳幼児の事故の現状 4 乳幼児期の事故防止対策の重要性 乳幼児の事故の現状 全 国 (2)保護者への育児支援 保護者にとって、子どもの傷病は、大きな不安をもたらします。特に、子育て経験の少 ない場合は、なおさらです。乳幼児期の事故防止対策によって、保護者が、事故防止策と 事故時の対処法を学ぶことにより、子育てに対する安心感が高まります。 東 京 出典:全国 厚生労働省「人口動態統計」 (3)社会的な効果 乳幼児期の事故に関する知見が集積することにより、安全な生活環境の創出や、保護者 への効果的な普及啓発方法など、将来の事故防止に知見が継承されます。 図4 乳幼児期の事故防止対策の内容と実施効果 母子保健・福祉 乳幼児の発達特性 に応じて事故を防ぐ 交通事故の 防止 交通安全 子どもの健全育成 子どもの傷病予防 保護者への育児支援 小児救急 医療の軽減 知見の収集 事故事例 啓発効果 等 4 平成18年度の乳幼児の死亡原因を、具体的にみたものが、表2です。 0歳児では、不慮の事故の死因順位は低いのですが、これは、 0歳児に特有な原因として、 周産期関連の死因が多いためです。 1∼4歳児では、不慮の事故が死因の上位を占め、疾患による死亡よりも多いことに留 意する必要があります。 表2 平成18年度の乳幼児の死因の順位 順 交通ルールを守る 普及啓発 救急医療・生活安全 救急事故を防ぐ 適切な応急手当 東京 東京都「人口動態統計」 知見の収集と 将来への継承 0歳児 1∼4歳児 第1位 先天奇形、変形及び染色体異常 不慮の事故 全 第2位 周産期に特異的な呼吸障害等 先天奇形、変形及び染色体異常 国 第3位 乳幼児突然死症候群(S I D S ) 悪性新生物 第4位 胎児及び新生児の出血性障害等 心疾患 第5位 不慮の事故 肺炎 環境・製品等 の改善 消費者教育 製品・器物事故を防ぐ 事故情報を知らせる 位 順 位 0歳児 1∼4歳児 第1位 先天奇形、変形及び染色体異常 不慮の事故 / 先天奇形、変形及び染色体異常 東 第2位 周産期に特異的な呼吸障害等 京 第3位 胎児及び新生児の出血性障害等 悪性新生物 第4位 乳幼児突然死症候群 (S I D S) 心疾患 第5位 敗血症 敗血症 出典:全国 厚生労働省「人口動態統計」 東京 東京都「人口動態統計」 5 (3)乳幼児の不慮の事故による死亡とその内容 平成18年度において、全国の0∼4歳までの乳幼児の死亡数49,550人のうち、不慮の事 故による死亡数は5,079人であり、全体の10.3%を占めています。 また、東京の乳幼児の死亡数4,151人のうち、不慮の事故による死亡数は290人であり、 全体の7.0%を占めています。 平成8年から平成18年までの乳幼児の死亡の要因は、表3のとおりです。図5により、事 故による死亡について、要因別に割合をみると、0歳児では不慮の窒息が過半を占めるの に対して、1∼4歳児では、交通事故や溺水などの割合も増えており、要因が多様化して いることがわかります。 2 救急搬送からみた乳幼児の不慮の事故 (1)都内における平成18年度の救急搬送状況 東京消防庁「都民生活における事故(平成18年度中)」 (平成19年11月)により、平成18年 度の都内の救急搬送状況をみます。 0∼4歳児の搬送事故は8,753人、搬送全体の8.0%を占めています(図6)。東京都の0∼4 歳児人口(東京都総務局「人口動態統計 平成18年」)は488,192人なので、約50人に1人 が救急搬送されていることとなります。 図6 年齢層別事故人数 表3 乳幼児の死亡とその要因(平成8年∼18年の計) (人) 10,000 9,000 交通事故 転倒・転落 不慮の溺死 不慮の窒息 煙、火及び 有毒物質に その他の よる不慮の 及び溺水 火災への 不慮の事故 中毒及び 暴露 有害物質へ の暴露 5,000 93 131 1,414 43 5 136 国 1∼4歳 13,523 3,097 1,084 286 798 477 297 11 144 2,000 1,000 東 0歳 3,114 148 10 11 8 109 2 0 8 0 京 1∼4歳 1,037 142 43 29 28 26 9 2 5 7,171 平成17年度 6,192 平成18年度 5,336 4,835 3,332 3,806 4,235 (図中数字は 平成18年度 のもの) 3,941 1,325 0- 出典:全国 厚生労働省「人口動態統計」 東京 東京都「人口動態統計」 6,581 2,780 4歳 160 5,555 4,291 3,408 4,000 3,000 1,982 平成18年度中に発生した事故の原因となった器物を、搬送された人数の多い順に示すと、 表4のとおりです。 図5 乳幼児の不慮の事故死の内訳(平成8年∼18年) 煙、火及び火災への暴露 不慮の溺死及び溺水 有毒物質による不慮の中毒 及び有害物質への暴露 その他の不慮の事故 0歳児 不慮の窒息 全国 5,774 6,000 36,027 転倒・転落 6,297 7,000 0歳 8,881 8,017 8,000 全 交通事故 8,682 9歳 -1 4歳 15 -1 9歳 20 -2 4歳 25 -2 9歳 30 -3 4歳 35 -3 9歳 40 -4 4歳 45 -4 9歳 50 -5 4歳 55 -5 9歳 60 -6 4歳 65 -6 9歳 70 -7 4歳 75 -7 9歳 80 -8 4歳 85 -8 9歳 90 -9 4歳 95 歳 以 上 総 計 8,753 10 うち不慮の事故による死亡 5- 総死亡数 東京 1∼4歳児 表4 事故関連器物(上位10位まで) 順位 器物名 人数(人) 順位 器物名 人数(人) 1 家具 1,235 6 その他玩具 194 2 階段 648 7 タバコ 175 3 遊具 292 8 自転車補助椅子 140 4 自転車 220 9 ベビーカー 127 5 手動ドア 196 10 薬剤 114 その他、50位までには、以下のようなものがあり、身近にある様々なものが事故の原因 となることが分かります。 全国 東京 0% 20% 40% 出典:全国 厚生労働省「人口動態統計」 東京 東京都「人口動態統計」 6 60% 80% 100% 異物、お茶・コーヒー、ガラス片、味噌汁・スープ、窓・サッシ、魚等の骨、段差、メン類、フェンス・ 柵・塀、浴槽、ショッピングカート、刃物、柱、アメ玉、エスカレーター、床・畳、エレベーター、ビー 玉類、食物、壁、熱湯、洗剤、包み・袋、ポット、耳かき、動物、陳列棚、日用品、自動車ドア、鉄道車 両、鍋、脚立・踏み台・足場、容器・ケース、野菜・果物、針、ベランダ、寝具 7 「子どもの事故防止対策についての報告書」(子どもの事故防止対策検討委員会 東京消 防庁 平成18年3月)により、救急事故の内容を詳細にみます(データは平成17年4月から11 月までの東京消防庁救急搬送件数)。 0∼5歳児の乳幼児の救急事故では、転倒が36.3%と多く、以下、墜落・転落、異物・ 誤飲の順となっています(図7)。 3 保護者調査からみた事故の実態 東京都生活文化局「子どもの危害・危険に関するアンケート調査」 (平成17年9月)により、 保護者調査からみた事故の実態についてまとめます。 (東京都内の就学前の子どものいる家庭(有効回答1,049件)のうち事故が起きたと回答の あった511件の調査結果) 事故の発生時間帯は、昼が事故件数全体の52.3%と半数を占めていました(図9)。 図7 救急事故の内容 図9 事故の発生時間 挟まれ 6.1 転倒 36.4 墜落・転落, 異物・誤飲 18.8 13.8 水による事故 0.4 その他の 一般負傷 19.4 朝 (11時 まで) 12.5 衝突 5.2 0% 20% 40% 60% 80% 夜 夕(16∼19時)(19時∼) 25.2 10.0 昼(11∼16時) 52.3 100% 0% 事故が起きた場所は、住宅が68.2%を占め、家での事故が多いことがうかがわれます (図8) 。 20% 40% 60% 80% 100% 図8 救急事故の内容 事故の発生場所は、家庭が50.8%と多く、その中でも特に、居間での割合が31.3%と高く なっていました(図10)。 公園・広場等 5.8 一般 道路 6.9 共同住宅・一般住宅 68.2 その他 13.1 図10 事故の発生場所 デパート・ マーケット等 5.9 0% 20% 40% 60% 80% 100% 階段 3.7 浴槽・風呂 3.5 台所 6.8 玄関 事故の原因の分析から、0∼5歳児の事故発生状況には、次のような傾向がみられました。 全事故数に占める 各項目の割合 1 子どもの起こした行動で 76.6% 2 保護者等と一緒にいるときに 90.7% 3 保護者等の不注意により 88.8% 4 器具の不備はない状態で 89.8% 8 2.9 居間 31.3 洗面所 0.6 ベランダ 0.8 家庭全体 の割合 (庭も含む) 50.8% 1.2 庭 10.2 道路 11.9 公園 11.5 店舗等 15.4 その他 0 5 10 15 20 25 30 35 (%) 9 けがにつながった事故の件数を母数として、けがの部位の割合をみると、頭部が38.6% と多く、頭、顔、口・鼻・のどのけがが多くなっていました。四肢では、指のけがが多く みられました(図11)。 東京都のファクシミリと音声による「TOKYO子育て情報サービス」中の「子どもの 事故防止・応急手当ガイド」では、100項目の情報提供を行っています。 平成18年度における「子どもの事故防止・応急手当ガイド」の利用件数2,908件について、 その内容をみてみます。 図11 けがの部位 頭 16.4 顔 12.5 口・鼻・のど 10.2 その他頭部 利用数の上位10項目は、表5のとおりで、「頭を打った」が1位でした。 5.5 体幹 4.5 指 表5 「子どもの事故防止・応急手当ガイド」で利用の多い事故情報割合 11.4 手の平・甲 7.0 大腿部 6.1 その他四肢 7.7 全身 1.0 0 5 10 15 20 (%) 事故が起きたとき、保護者が近くにいた割合は76.7%でした(図12)。 図12 事故が起きたときの保護者の場所 近くにいた 0% 20% 頭を打った 15.7% 6 咳が止まらない 2.9% 2 高熱が出た 10.5% 7 赤ちゃんに多い事故 2.6% 3 下痢をした 5.4% 8 すぐに吐かせるもの 2.4% 4 吐いた 4.9% 9 タバコ 2.3% 5 発疹がでた 3.7% 10 異物の混入 2.3% 子どもの年代別の事故の項目の利用状況では、赤ちゃん全般と3か月児の項目の利用が 多く、子どもの年代が低いほど、保護者の事故への情報ニーズが高いとみられます (表6) 。 近くにいなかった 23.3 76.7 40% 1 表6 「子どもの事故防止・応急手当ガイド」での年齢別事故情報の利用数 60% 80% 100% 事故の主な原因については、大人の不注意だったという回答が76.7%でした(図13)。 図13 4 相談事業等からみた事故の実態 事故の主な原因(複数回答) 赤ちゃんに多い事故 77 幼児に多い事故 21 3か月児までに多い事故 64 3∼6か月児に多い事故 41 6∼9か月児に多い事故 41 9か月∼1歳児に多い事故 14 1∼2歳児に多い事故 18 3∼4歳児に多い事故 8 5∼6歳児に多い事故 4 単位:件 利用時間帯をみると、18時から20時、20時から22時、10時から12時の利用が多くなって います(図14)。なお、曜日別の利用状況の違いはありませんでした。 図14 「子どもの事故防止・応急手当ガイド」の時間別利用数 (件) 450 76.7 大人の不注意だった 412 415 400 332 350 17.6 商品・サービス自体に問題があった 300 250 200 10.2 子どもの様子が普段と違っていた 286 14 ∼ 16 16 ∼ 18 310 221 182 150 84 100 50 3.5 注意表示・取扱説明書に問題があった 283 267 43 73 4∼6 6∼8 0 0∼2 0 10 10 20 30 40 50 60 70 80 2∼4 8 ∼ 10 10 ∼ 12 12 ∼ 14 18 ∼ 20 20 ∼ 22 22 ∼ 24 (時) (%) 11