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YAG レーザ加工機による微小径穴加工技術の習得 松 永 憲 一* , 青 山 正 樹* * , 立 花 一 志* * * 名古屋大学工学部・工学研究科技術部 はじめに 近 年 ,実 験 装 置 製 作 な ど の 機 械 加 工 に 従 事 す る 技 術 職 員 に お い て は ,装 置 部 品 の 小 型 化 , 高精度化および光技術の進歩などにより,一層の高精度および微細加工技術の向上を求め ら れ て い る . 微 細 加 工 の 中 で も と り わ け 0.5mm 以 下 の 微 小 径 穴 加 工 は , 現 在 主 に ド リ ル 加 工 に よ り な さ れ て い る が 非 常 に 高 度 な 加 工 技 術 と 熟 練 を 必 要 と す る. そ の た め 特 に 穴 深 さ の深い加工依頼において残念ながら研究者の 要望に十分に対応できているとはいえない. またそのような加工を行える外注業者はほとんどなくその製作には苦慮する場合が多い. このようなドリルによる微小径穴加工技術の向上,熟練には長期にわたる加工技術の蓄積 および研鑚が必要であり日常の業務においてそれを行う必要がある.またそれとともに研 究者の要求に迅速に対応できるように新たな穴あけ加工技術の習得が必要である.そこで 本研修では材料系工作室で使用しているYAGレーザ加工機を用いてレーザ加工による微 小径穴加工技術の習得を行った.レーザ加工は加工速度に優れ,切削が困難な材 料におい ても容易に加工ができることから最近では様々な方面で多く用いられてきている.しかし その反面加工パラメータが非常に多くまた従来われわれが携わってきた機械加工とは違い 感覚的に加工現象がわかりにくく,精度および品質の高い微小径穴加工を実現するのは容 易ではない.本研修ではレーザ加工において研究者のニーズに迅速に対応が可能となるよ う基本的な加工条件について検討を行い,圧力測定用プローブの製作を通じ加工技術の向 上を図った. 1.圧力測定プローブの形状とレーザ穴明け加工における問題点 図1に本研修で製作を試 みた圧力測定用プロ ーブの形状図を示す.図のように3つの部品か ① ② ③ ら構成されており今回加工を行ったのは部品② の 直 径 0.4mm の 穴 加 工 で あ る . 外 径 1 m m , 内 径 0.9mm の ス テ ン レ ス パ イ プ の 円 筒 面 に パ イ プ 端 部品② 面 か ら 10mm の 位 置 に 9 0 度 間 隔 で 4 ヶ 所 明 け ら φ0.4 0.9 同様に4ヶ所明けられている.穴形状・寸法精 1 れ,さらに 1 1 m m の 位 置 に 位 相 を 45 度 ず ら し て 度に関しては特に厳しい公差は要求されていな 40 い.ただしパイプ内側に生じるバリを完全にな くすことが加工依頼者からの要望であった.こ 図1 のような加工をドリルによって行った場合,ド * 電子・ 情 報 技 術 系 ** プロセス・材料技術系 *** プローブ部品 機器システム技術系 リルの歩行現象および被削材とのすべりによる穴位置精度不良,ドリルの折損,加工力に よるパイプの変形およびパイプ内側に生じる加工硬化したバリの除去など非常に困難な加 工であると考えられる.一方レーザによる穴明け加工では今回製作依頼のあったプローブ では穴形状・寸法精度に関して厳しい公差が設定されていたわけではないが,ドリル加工 と比較して穴形状がどの程度精度が得られるか,また穴径をどの程度まで制御できるか, さらに穴加工時のパイプ反対面への影響も考慮する必要がある. 2.加工条件の検討 2-1 実 験 方 法 レーザビーム レーザ加工では加工品質・能力に影響を及 ぼす加工パラメータとして,パルス幅,共振 集光レン ズ 加工ヘッド 器 系 ,印 加 電 圧 ,繰 り 返 し 周 波 数 ,焦 点 距 離 , アシストガス 保護ガラス ノズル この他にアシストガスの種類および圧力など マグネットシー ト 被削材 非常に多くのパラメータがある.中でも特に 加工現象に大きな影響を及ぼすと思われるパ 加工テーブル 1mm デフォーカス,送り速度および照射回数また ルス幅,印加電圧,繰り返し周波数について それぞれ加工条件の違いが穴形状・品質にど 図2 の様に影響するのか基本的な傾向を知るため 加工装置概略図 に加工テストを行った.図2に実験装置の概 表1 略図を,表1に加工条件を示した.図のよう に 被 削 材 は 板 厚 1 m m の SUS304 材 を 使 用 し ,加 工テーブル上に置き両端をマグネットシート で加工テーブルに固定した.加工ヘッドの切 断 ノ ズ ル と 被 削 材 の 間 隔 は 1mm と し , 焦 点 距 離 100mm の 集 光 レ ン ズ を 用 い て 被 削 材 の 表 面 に焦点位置をあわせた.加工条件はパルス幅 加工条件 被削材 板厚 パルス幅 周波数 電圧 集光レンズ焦点距離 焦点位置 アシストガス種類・圧力 SUS304 1mm 0.1 ∼0 .4ms 1Hz,10Hz,100Hz 400V ∼596V 100mm 被削材表面 酸素/0.2MPa の違いによる加工への影響を確認するため, 印 加 電 圧 を 400V に 固 定 し パ ル ス エ ネ ル ギ ー が 0 . 1 ,0.2 ,0.3 ,0.4J/P と な る よ う に パ ル ス 幅 を 変 え , レ ー ザ パ ル ス を 1 パ ル ス だ け 被 削材に照射し加工を行った.また同様に印加電圧の影響を確認するためにパルス幅を 0.1ms に 固 定 し , パ ル ス エ ネ ル ギ ー が 0 . 1 ,0 . 2 ,0 . 3 ,0.4J/P と な る よ う に 印 加 電 圧 を 変 化 さ せ 加 工 を 行 っ た . さ ら に パ ル ス 周 波 数 を 1 H z ,10Hz ,100Hz と 変 化 さ せ そ れ ぞ れ の 穴 直 径および加工深さを測定顕微鏡によって測定した. 2-2 実 験 結 果 図 3 に 周 波 数 1 0 H Z ,100Hz に お い て 電 圧 お よ び パ ル ス 幅 を 変 化 さ せ 加 工 を 行 っ た 時 の 加 工 深 さ の 測 定 結 果 を , 図 4 に 加 工 直 径 の 測 定 結 果 を 示 す . 加 工 深 さ は 1 0 H z ,100Hz の い ず れ の加工においてもパルスエネルギーの増加とともに増していく,しかし明らかに周波数が 10Hz に よ る 加 工 に お い て よ り 深 い 加 工 が 行 わ れ て い る . こ れ は 周 波 数 を 小 さ く す る こ と に よって同じパルスエネルギーでもピークパワーが大きくなったため深い加工が行われたと 考えられる.また電圧を変化させた場合とパル エネルギーが同じなら加工深さの顕著な傾向の 違いは見られなかった.次に加工直径は加工深 さと同様にパルスエネルギーの増加とともに大 きくなる.これはエネルギーの増加によりビー 0.35 加工深さ(mm) ス幅を変化させて加工を行った場合ではパルス 10Hz-400V固定 10Hz-0.1ms固定 100Hz-400V固定 100Hz-0.1ms固定 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 ムの拡がり角が増しスポット径が大きくなった 0.05 ことと,エネルギーの増加により加工部周辺の 0 0 溶融範囲が増したためと考えられる.また周波 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 パルスエネルギー(J/P) 数 100Hz の 時 の 加 工 直 径 は 1 0 H z で の 加 工 に 比 べ て 2 倍 程 度 大 き く な っ た . こ れ は 100Hz に お け 図3 各加工条件と加工深さ る 加 工 で は 10Hz に 比 べ ピ ー ク パ ワ ー が 小 さ く , よりフラットなエネルギー分布によるものと考 えられる.また今回グラフに示さなかったが1 ばらつきがあり,図5に示す穴形状のSEM観 察 結 果 か ら も 穴 形 状 が 100Hz ,10Hz 時 の 加 工 よ りも悪く非常に不安定な加工が行われていると 考えられ,実加工において使用できないと判断 した. これらの結果から,パルス幅,電圧の違 いによる穴形状の顕著な違いはなく,周波数を 加工深さ(mm) Hz に よ る 加 工 で は 穴 径 お よ び 深 さ と も 大 き な 10Hz−400V固定 10Hz−0.1ms固定 100Hz−400V固定 100Hz−0.1ms固定 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0 0.2 0.3 0.4 0.5 パルスエネルギー(J/P) 10Hz と 低 く す る こ と に よ っ て , よ り 深 い 加 工 ま た穴径の小さい加工が可能であった.またパル 0.1 図4 各加工条件と加工直径 スエネルギーの大きさにより加工穴径の制御が 可能であることがわかった. 100Hz 10Hz 0.4J/P 図5 1Hz 各周波数における穴形 3.圧力測定用プローブの加工 基 本 的 な 加 工 条 件 の 検 討 結 果 か ら , 今 回 の プ ロ ー ブ の 穴 加 工 で は 0.4mm と 穴 径 が 比 較 的 大 き い こ と , ま た パ イ プ 肉 厚 が 0.05mm と 薄 い こ と か ら 周 波 数 を 1 0 0 H z と し た . さ ら に プ ロ ー ブ パ イ プ の 肉 厚 と 同 じ 板 厚 0.05mm の ス テ ン レ ス 板 に パ ル ス エ ネ ル ギ ー を 少 し ず つ 変 え て 加 工 を 行 い , 加 工 直 径 を 測 定 し パ ル ス エ ネ ル ギ ー の 大 き さ を 0.14J と 決 定 し た . 図 6 に プローブ穴加工時の外観写真を示す.図のよう にインデックステーブルにミルコレットを用い てパイプを固定した.またパイプは肉厚が 0.05mm と 非 常 に 薄 い た め , 変 形 し な い よ う に コ レット締め付けネジは手で軽く締めつける程度 とした.レーザ加工ではほとんど加工力が作用 しないためこのような固定が可能である.加工 位置あわせは加工ヘッド上部に取り付けられた CCD カ メ ラ の 画 像 に よ り 位 置 決 め を 行 っ た . 図6プローブ穴加工装置概観図 図7に穴加工後のSEM観察写真を示した. このようにパイプ裏面には加工により溶融した 玉状のドロスの付着が見られる.またパイプ表 面,穴壁面にもスパッタおよびドロスの付着が 見られこの状態では品質はよくない.これをパ イ プ 表 面 は エ メ リ ー ペ ー パ ー の 1000 番 で 軽 く 磨き,またパイプ内面に付着したドロスを除去 す る た め に 0.9mm の ド リ ル を 加 工 穴 に 通 し ド リ ルを手で数回回転させ穴内面に付着したドロス を除去した.さらに穴壁面のドロスを除去する た め に 0.4mm の ド リ ル を パ イ プ 内 面 の ド ロ ス の 図7パイプ穴加工ドロス 除去と同様に数回ドリルを回転させドロスを除 去した.図8,9にドロス除去後のSEM観察 写真および外観写真を示す.このように外観も きれいに仕上がっており,またパイプ表面,壁 面,内面いずれもきれいにドロスの除去がなさ れていることがわかる. 4.当加工機による深穴加工および最小 穴径の加工 プローブの製作過程で基本的な加工条件につ いて検討を行ったことにより,どの加工パラメ 図8パイプ穴加工ドロス ータが加工結果にどの様に影響を及ぼすか限ら れた条件下ではあるが傾向を知ることができた. この結果を踏まえて今後の加工業務の参考とす るためドリルでは特に加工の困難な深穴加工お よび非常に微細な穴加工について,当加工機に おいてどの程度加工が可能か試みた.まず加工 可 能 深 さ を 確 認 す る た め に 2 枚 の SUS304 の 板 材 を 重 ね 合 せ そ の 境 界 部 に ,周 波 数 10Hz で パ ル スエネルギーおよびパルス照射回数を変えて加 図9パイプ穴加工外観 深さを測定した.図10に穴深さの測定結 果を示した.いずれのエネルギーにおいて もパルス照射回数とともに穴深さが深くな り 約 1000 パ ル ス 程 度 照 射 し た こ ろ か ら 深 さの増加の割合が小さくなる.また照射回 数にかかわらず穴径は変化しない事がわか る .図 1 1 に 周 波 数 10Hz で パ ル ス エ ネ ル ギ ー0.4J ,パ ル ス 照 射 回 数 1000 回 お よ び 2000 回での加工外観写真を示す.穴径は約 加工深さおよび径(mm) 工を行った後,重ね合わせた板を離して穴 10 0.4J/P加工深さ 0.1J/P加工深さ 0.02J/P加工深さ 0.4J/P加工径 0.1J/P加工径 0.02J/P加工径 8 6 4 2 0 0 2000 4000 6000 パルス照射回数 図10 パルス照射回数と 図11 深穴加工例 0.3mm で あ り 穴 径 の 2 5 倍 以 上 の 深 い 穴 加 工 が 可 能 で あ っ た .次 に 板 厚 0.05mm の SUS304 材 に お い て 周 波 数 10Hz で 加 工 可 能 な 最 小 パルスエネルギ−により加工を行った穴形 状のSEM観察写真を図12に示した.こ の よ う に 直 径 約 2 0 μm と ド リ ル 加 工 で は 不 可能な微細な穴加工がなされているが穴形 状はだ円形状になった.これはビームのパ ワー分布によるものと考えられ発振器の光 学系の調整等で修正できるかどうかは今後 検討する必要があるが,被削材を回転させ ながら加工することもだ円形状を修正する 1つの手段と考えている. 図12 板 厚 0.05mm の 最 小 穴 加 工 5.おわりに YAGレーザによる穴あけ加工において限られた条件下ではあるが加工条件を検討しプ ローブの製作,深穴加工および最小穴径の加工を通じて今後の加工業務に有用な加工デー タが得られた.また今後さらに品質の高い加工を行うためには今回検討しなかった加工パ ラメータについても検討する必要があると思われるが,レーザによる穴加工ではドリル加 工に比べ品質および穴精度が劣り研究者の要望にこたえられない場合もあると思われる. こ の 場 合 ド リ ル で は 困 難 な 加 工 に お い て レ ー ザ加 工 に よ り 下 穴 を あ け , ド リ ル お よ び リ ー マ等で仕上げ加工を行うのも1つの方法であると考えられ,今後それらの方法について加 工を試みさらに微小径穴加工技術の向上を図りたい. 謝辞 本研修を遂行するにあたり,エネルギー理工学専攻 辻助教授には研修の意を酌んでいた だき非常に重要な実験部品の製作をうまくできるかどうか解らない状況において任せてい ただきました.また材料プロセス工学 篠田助教授にはYAGレーザ加工機の使用にあた りご理解いただきました.この場を借りて深くお礼申し上げます. 参考文献 日立建機レーザ加工機取扱説明書