Download 沖縄地名エッセイ(百名) 2006/11/15 澤野 孝一朗 百名 ︵ ひゃくな

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沖縄地名エッセイ(百名)
沖縄本島南部の島尻郡に、百 名︵ひゃくな ︶ビーチというのがある 。素朴だけど 、とて
百名︵ひゃくな︶︱トミカのお店がオープンしましたっ!︱
孝一朗
は、下品で、はしたない行為 として理解されていた。 一人一台ではなく、家族で 一台であ
とえお金があって 、上のク ラ スの乗用車を 買えるとしても、この階 段を跳躍して 進むこと
儀だった。この社会的・家族的階段をトヨタ自動車は 、
﹁いつかはクラウン﹂と呼んだ。た
るとマークⅡ、そして社会的 に栄達して、 子供も親元 を離れる頃に クラウンというのが流
を受けた世代で あ る。免許取 りたて・家 族 持ちたては カローラ、運 転も家族も少 し安定す
僕は、一九七一年 生まれなので、カローラ というかト ヨ タ自動車の 販売戦略に最 も影響
ルマの販売に あ た り︶何をアピールすればよいのか戸 惑っているということだった。
というクルマは一九六六年発売開始で 、もう四〇年 になるのだが 、販 売 会 社はこの先 は︵ク
に往年の名車﹁カローラ﹂の 惑いという回 があって、 とても強い印 象が残った。 カローラ
と前、日経新聞︵ 日本経済新聞︶にクルマ が売れないわけを特集し た記事が あ っ た。そこ
みならずクルマ自 体が売れないらしく、メーカー各社 はその対応に 苦慮している 。ちょっ
っていることからもわかるように、相当な 力の入れようである。た だ最近は、カローラの
に入った。キ ム タ クや明石家 さんまさんという豪華タレントを一挙 に起用して、 広告を打
最近、トヨタ自 動 車は、カローラという名 車を再び世に 問うべく、 新規のキャンペーン
ーション︶したクルマの選択 と男女にまつわるエ ッ セ イである。
んなことで、今回 はモータウン名古屋を祝 して、ト ヨ タ自動車と沖 縄をコラボ︵ コラボレ
らないが、恐らく 気候や環境 に対するク ル マの耐性を テストする試験場なのであろう。そ
てみたわけではないので、現 在もあるのか 、そしてどのような試験 をしているのかはわか
と書いてあった。 へえ∼南部 に試験場が ね えと、ちょっと意外な感 じがした。実 際に行っ
という文字が目の 端に止ま っ た。何だろ? と思って見 てみると、トヨタ自動車沖縄試験場
な﹂とちょっと残念気味に諦 めて、道 路 地 図を閉じようとすると、 ふと﹁トヨタ 自動車﹂
住んでいた所︵沖縄本島中北部︶か ら は半日以上もかかることがわかった。
﹁こ り ゃダメだ
百名に行くには、 バスを乗り 継いでゆくしかなかったのであるが、 計算してみると自分の
と、本当に本 当の沖縄本島南部の先端 にあった 。僕は、クルマの免許 を持っていないので、
で、一体どこにあるのかさっぱりわからなかった。それで道路地図 で一生懸命探 してみる
しかし百名という 地名は、那 覇バスターミナルで南部方面行きのバ スでよく見かけるだけ
も美しいビーチだ と聞いていたので、一度 は行ってみたいものだと常日頃から思 っていた。
澤野
2006/11/15
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る。ミニバンのような大 人 数 乗れるクルマ はなく、四 人乗りが常識 の乗用車で あ る。軽自
動車は、農村の乗 り物だった 。社会的な縛 り、家族的 な因習から自 由になりたいと考える
子供の夢が、自家用車で は な く、自分のクルマだった 。それに屹立 したのが﹁いつかはク
ラウン﹂だった。
結局、クルマの需 要という の は、子供が自 分の夢を叶えるという形 で結実するものなの
であろう。つまり 今の子供の 憧れが、将来 のクルマ市 場の動向を決 めると言える 。この日
経の記事に、
﹁ ミニカーに異 変﹂と い うトピックスが続い て い た。ミニカー、ク ル マを精巧
に模写した玩具であるが、小 さい子供には 絶大な人気 がある。タカラトミーと い う会社が
作るミニカーは﹁ トミカ﹂という。一九七 〇年生まれである。この トミカで昨年一番に売
れたのは、ピカチュウカーだ と言う。写真 で見て驚いたのだが、本 当にポケモン のピカチ
ュウである。こんなのが売れるのか、ト ミ カ歴三十五 年の僕はただ 呆然としてしまった。
僕は、小学校に入 るまでは、 九州の福岡に 住んでいた。 市内から少 し離れた郊外 に家が
あったので、天神 と呼ばれる 繁華街に出かけるのは月 に二∼三回 程 度だった。親 が天神で
買い物して、ぐ ず る子供を宥 めるためでもあったのだろう、帰り に お土産として トミカを
一台買ってくれた 。いつしか トミカの こ と は忘れてしまったのであるが、数年前 、福岡に
行ったとき、見覚 えのあるおもちゃ屋さんがあった。 あれここって ?と思って、 何気なく
店に入ると、ト ミ カのケース が目に飛び込 んできた︵ トミカは、縦 横一〇マスぐらいの透
明なプラスチック・ケース に陳列されている︶
。
﹁ トミカ・ケース!!!﹂、何か自 分のなか
いや大人
でドロッとしたものが熔けた 気がした。脳 内アドレナリンというのかも知れ な い が、少し
はあはあしながら 、ケ ー スをじっー と凝視してしまった。
﹁ケースご と買占め?
買いは大人気ない ﹂と変な自 問をしながら 、ガマンし て一台を選び 出した。ト ミ カNo.
47、三菱キャンター清掃車 、三五〇円であった。
お店のアルバイト のお姉さんから﹁包装はどうしますか ?﹂と聞かれたので、三 五〇円
では悪いなと思っ て、
﹁いえシール だけでいいです﹂と答えた。そんなことはよくある話な
のか、適当にシ ー ルを貼って 、はいと手渡 してくれた 。三五〇円、 僕が子供の頃 の値段は
よく覚えていないが、あ ん ま り変わっていないような 気がする。受 け取ったト ミ カを手に
して、パッケージ ︵トミカは 箱に入っ て い て、そこに クルマの絵が 書いてある︶ を見てい
ると、そういえば 子供のとき作業車、そのなかでも清 掃 車が好きだったことを思い 出した。
そして母親か ら よ く怒られていたことを思 い出した。
孝一朗
澤野
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僕
母
﹁いや!﹂
﹁早く決めな さい。あ ん た、また作 業 車なの?
たまには乗 用 車にしたら? ﹂
と言って、作業車 ばかり買っ てもらっていた。作業車 でも、空 港 車 両と清掃車が 格段に好
きだった。ただ清掃車は、以 前は塵埃運搬車と言っていたような記 憶がある。なんでそん
なことを覚えているかと い う と、
﹁塵埃 ﹂の漢字 が読めず、人から読ん で貰ってジーアイ ・
ウンパンシャと覚 えていたからである。 ジ ー ア イ G(I 、)当 時この 表現は アメリカ 兵を示
す言葉だったので 、何でこの クルマとアメリカ兵が関 係あるのか、 さっぱりわからなかっ
たからである︵も ち ろ ん関係ない︶。その 後、大人に な っ て、一ヶ月程度ではあったが、清
何ですか ?﹂という反応し か返ってこない。結局、
掃車に乗ってゴミ 収集をやっていた。そのときは純粋 に楽しく、嬉 しかった。
こんな話を女性にすると、
﹁はあ∼
クルマの選択というのは男のみの問題であって、女性 にとっては﹁ その男のこだわり﹂は
訳がわからないということらしい。そして 男女間のトラブルの元でもある。以下 は、ナイ
スな八〇年代を生 きた若者の 会話を、代 表 的ケースとして取りまとめたものである。
男
女
﹁ねぇ∼、聞 いてるの?
﹁・・・︵無 言︶﹂
﹁ねぇ、私と クルマ、どっちが大事? ﹂
︵ケース1︶若い 二人、ドライブでの一 場 面
女
﹁︵少し怒っ た感じで︶そんなこと聞 くなよ。選べるわけないだろ﹂
どっちが大 事?﹂
男
﹁泣くなよ。 なんで泣くんだよ﹂
女 ﹁︵少し涙目で︶ヒ ドい、怒るなんて。やっぱり 私よりク ル マの方が大事 なんだ︵涙・・・︶﹂
男
﹁もういい!
﹁なんなんだよ、私とクルマって。だいたい女に は、このク ル マの良さがわかんない
︵ここで女は 、男のクルマ から降りて 去ってゆく 。男は 、ひとり車内 に取り残される。︶
帰る。ここで降ろして !﹂
女
男
んだから﹂
ちなみの僕は、クルマの免許 を持っていない。
孝一朗
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﹁ねぇ、私と 仕事、どっちが大事?﹂
さよなら﹂
︵ケース2︶少し 大人になったとき、会 社 帰りにデ ー ト中の二人
女
﹁ちゃんと答 えて!﹂
﹁・・・︵無 言︶﹂
女
﹁︵少しキレ 気味に︶じ ゃ あ、仕事だ よ。仕方ねえだろ﹂
男
男
﹁やっぱり私 のこと、大 事じゃないんだ。もう別 れるっ!
﹁意味わからねえよ。選 ぶものが違うだろ、選ぶものが﹂
︵女は、涙を拭きながら小走 りに去っ て ゆ く。男は、 ただひとり取 り残される︶
女
男
ちなみに僕は、二 〇代の頃は 就職できなくて、ほ と ん ど働いていない。
女
﹁︵小さくなって︶すみません・・・ ﹂
﹁しっかりしなさいよ。 何も決められないんだから﹂
︵ケース3︶か な り大人になったとき
男
これは、子供の頃 から言われている。
経済学、特にミ ク ロ経済学は 、選択の学問 だと言われている。理論 では、限界代替率が
価格︵比︶に等し く な る よ う に消費が選択 されるのが 最適であると 説明されている︵限界
代 替 率に 関心 を持 ちましたら 、ぜ ひミ ク ロ経済学 を専 攻し て く だ さ い 。これは 営業 です
︵笑︶︶。しかし現 実には、最 適な消費の組 合せはムズカシイ。そ れ を﹁0か1か ︵イエス
かノーか︶﹂で 選択を迫る女 性の質問に 、男は戸 惑い、そしてそれから 逃れようとする。男
は、選択から逃れようとする 生き物である 。それは男自体がダメなのか、僕だ け がダメな
のかはわからないが、
﹁ 男らしい ﹂といのは 既に古 典 文 学の一作品であることを知 るのは大
事であろう。男は 追い詰め る と逃げようとする、もしくは変な方向 に暴発してしまう。取
説︵取扱説明書︶ が必要で あ る、なければ 常に取 扱 注 意のステッカーの貼られた 面倒くさ
い生き物だと思え ば、少しは 気が済むのではないかと 思う。
この十月に、ト ミ カの直営店 が名古屋にオープンした︵ トミカショップ名古屋オアシス
21店︶。トヨタ車のラインナップも 充実しているとのことである。このニュース を聞いた
ときに、もう楽しみでしょうがなかった。 オープンすぐに行こうと 思っていたが 、なかな
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か仕事を切り上げることができなくて、ようやく最近 に行ってきた 。夕方も遅い 時間であ
ったが、結構お客 さんがいた 。ただ夜遅かったこともあり、子供連 れの人は少な く、仕事
帰りのサラリーマンと女性が 多かった。仕事帰りのサラリーマンは 、明らかに僕 と同じ三
〇代半ば︵でおそらく独身︶ の人である。 微妙に視線 が合うのだが 、お互いキラ ッと目が
光るのが感じ ら れ た︵心の 会話・やっぱりトミカ ですよねえ 。そうですよねえ︶。トミカは
定期的に旧車の復刻版を出すのだが、最近 のクルマ︵ 子供向け︶は 三五〇円前後 だが、旧
車︵大人向け︶は 千円近いものが多かった 。むむ∼差 別価格戦略か 、ここでもミクロ経済
学の応用例を見つ け て し ま っ た︵差別価格 に関心を持 ちましたら、 ぜひミクロ経済学へ︶。
しかし市場の成 熟 化というのであろうか、 子供が︵見 かけだけは︶ 大人になって 、市場が
拡大した例、そ れ がトミカになるのであろうか。
店内には、様々な 子供向けグッズなどがあったが、基本 はトミカである。約三〇 年分の
ラインナップを見 ると、ずいぶんクルマの デザインというのが変ってきたことがわかる。
大胆に言えば、最 近のクルマ は輪郭が曖昧 というか、 ブランド名と クルマのイメージが対
応しない。みんな 同じクルマ に見えてしまう。仕事帰 りの女性は、 二〇代後半で 、息子が
欲しがっていたトミカをお土 産に買って帰 ろうとしているのであろう。しかし息 子が欲し
がっていたクルマ が、どれだかよくわからないらしく 、パッケージ をいろいろ見 合わせて
迷っている。僕の方をちらっと見 て、
﹁どれだかわかりませんか ?﹂と聞きたそうな表情を
していたが、そ れ は無理です ︵小さい息子 を持つお母 さんに朗報で す。トミカは 、すべて
のクルマに固有の 番号を振っているので 、それを 覚えておけば良いのです︶。とにかく男の
僕でも、最近のクルマはどれがどれだかさっぱりわからない。ト ミ カの陳列棚に は、最近
のクラウンは在庫 がたくさんあったが、旧 車クラウン だけが棚から 全部捌け て い た。それ
をトヨタ自動車はどう思うのであろうか。
なんだかんだ言っ て、三千円 近くいろいろ 買ってしまった。レジで 会計を済ましている
と、三〇歳前後であろう店員 のお兄さんが ﹁トミカ・ カード︵ポイントをためる カード︶、
お作りしますか? ﹂と絶妙の 笑顔で聞いてきた。思わ ず年がいもなく﹁はい、お 願いしま
す﹂と答えてしまった。むむ ∼ポイント制 ︵これもミ クロ経済学の 応用例︶か、 これでは
毎回買う習慣ができてしまう 。男の消費は 、選択ではなく、習慣によるものである。ある
有名な女性タ レ ン トの人が、﹁ 男は飼い慣ら し﹂と言っていたことを思 い出した。習慣形成、
これもミクロ経 済 学のひとつのテーマであるが、決められない男という性はなんとかなら
ないのか、トミカ ショップに 二時間近く居 た自分は、 心底からそう 思った。
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