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LC Technical Report
Vol.12
2011年01号
2011
年01号
解離性物質の分析のコツ
逆相HPLCでの分析対象物質には様々なものがあります。酸性物質や塩基性物質は解離性物質であり、移動相のpHによって解
離平衡が移動します。解離性物質の分析には、移動相に緩衝液を使用する方法とイオンペア試薬を使用する方法があります。
適切な移動相を使わないと、良いピーク形状や保持時間の再現性が得られないので注意が必要です。
Keywords
解離性物質 pKa 緩衝液 イオンぺアクロマトグラフィー 酸性物質 塩基性物質 テーリング抑制
解離性物質の基礎知識
解離性物質は、一種類の分子がイオンに分解して、元の分
子の間に平衡を保ちながら共存する物質です。
酸性物質は、pKa(酸解離係数)より高いpHではイオンが多く
存在し、低いpHでは分子が多く存在し、次のような官能基を
持つ物質です。
芳香族水酸基(-OH)
カルボキシル基(-COOH)
リン酸基(-PO3H)
スルホ基(-SO3H)
「緩衝液を用いた分析」
分析対象物質の解離状態を一定に保って分析する方法で、
主として弱酸性物質や弱塩基性物質を対象とする。解離を抑
制するイオン制御法も含む。
「イオンペアクロマトグラフィー」
解離した分析対象物質と反対の電荷を有するイオン性物質
(イオンペア試薬)を添加して、イオンペアを形成して分析する
方法で、移動相のpH調整では解離を抑制できない強酸性物
質や強塩基性物質を対象とする。
塩基性物質は、酸性物質とは逆にpKaより低いpHではイオン
が多く存在し、高いpHでは分子が多く存在する、次のような
官能基を持つ物質です。
第一級アミン(-NH2)
第二級アミン(-NH-)
第三級アミン(-N-)
第四級アミン(-N+-)
緩衝液を用いた分析
8
安息香酸(pKa=4.20)を例に説明します。pH4.2より低いpHで
安息香酸分子として多く存在し、pH4.2より高いpHで安息香酸
イオンとして多く存在します(Fig.1)。
100
pH4.20
↓
存在率(%)
O
OH
O
O-
保持時間(min)
■ 緩衝液を用いた分析(酸性物質)
↑
① pH2.2
6
4
pH4.2
↓
O
O-
O
OH
↑
② pH4.4
2
③ pH6.7
↓
0
1 2
3
4
5
6
7
8 9
(pH)
50
① pH2.2
0
1 2
3
4
5
6
7
8 9
② pH4.4
(pH)
Fig.1 pHの違いによる解離・非解離状態の存在率
(安息香酸)
分析対象物の解離平衡の移動により、保持時間が変化しま
す。pKaより2以上低いpHの移動相では、ほぼ非解離(安息香
酸分子)となるので、保持時間は最大となります(Fig.2①)。
pKaより2以上高いpHの移動相では、ほぼ解離(安息香酸イ
オン)しているので分析するので、保持時間は最小となります
(Fig.2②)。
③ pH6.7
0
2
4
Time(min)
6
8
[Analytical conditions]
Column:L-column ODS(5μm, 12 nm)4.6×150 mm
Mobile phase:①③CH3CN/25 mM リン酸溶液(25/75)
②CH3CN/25 mM 酢酸溶液(25/75)
Flow rate:1 mL/min
Sample:安息香酸
Fig. 2 移動相のpHの違いによる保持時間(安息香酸)
■ 緩衝液を用いた分析(塩基性物質)
塩基性医薬品のプロプラノロール(pKa=9.45)を例に説明しま
す。pH9.45より低いpHでプロプラノロールイオンが多く存在
し、pH9.45より高いpHでプロプラノロール分子が多く存在しま
す(Fig.3)。
100
pH9.45
↓
使用pH
限界域
CH3
存在率(%)
O
N CH3
OH H2+
50
CH3
O
N
OH H
3
4
中性移動相
残存シラノール基 解離
アミトリプチリン
解離(アミトリプチンイオン)
このため塩基性物質は残存シラノール基に吸着し、ピークが
テーリングします(Fig.5②)。
CH3
0
1 2
[中性移動相での分析]
塩基性医薬品のアミトリプチリン(pKa=9.4)を例に説明しま
す。中性移動相ではシリカゲル表面に残存するシラノール基
とアミトリプチリンは以下の状態になります。
5
6
7
8 9
10
(pH)
Fig.3 pHの違いによる解離・非解離状態の存在率
(プロプラノロール)
分析対象物質の解離平衡の移動により、保持時間も変化し
ます。pKaより2以上高いpHの移動相では、ほぼ非解離となる
ので、保持時間は最大になりますが、シリカゲル系逆相カラ
ムの使用可能なpHの範囲を超えてしまいます。
一般的には、酸性あるいは中性の移動相でプロプラノロール
イオンを分析します。
[中性移動相でのテーリング抑制]
メタノールを移動相に用いると、メタノールが残存シラノールと
水素結合するため、塩基性物質の吸着が抑えられます。そ
のためテーリングしやすい中性移動相でもシャープなピーク
が得られます(Fig.5①)。
中性移動相で移動相にメタノールを使用
残存シラノール基 メタノールと水素結合
アミトリプチリン
解離(アミトリプチンイオン)
L-column2 ODS のような残存シラノール基がないカラムで
分析すれば、アセトニトリルを用いた中性移動相でもシャープ
なピークが得られます(Fig.5③)。
[酸性移動相での分析]
酸性移動相ではシリカゲル表面に残存するシラノール基とプ
ロプラノロールは以下の状態になります。
中性移動相でL-column2 ODSを使用
残存シラノール基 なし
アミトリプチリン
解離(アミトリプチンイオン)
酸性移動相
残存シラノール基 非解離
プロプラノロール 解離(プロプラノロールイオン)
アミトリプチリン
このため塩基性物質は残存シラノール基との相互作用が抑
制されるので、ピークのテーリングが抑えられます。(Fig.4①
と②)。
H3C
N
CH3
T.F.=2.156
I.S.
T.F.=1.212
① pH2
I.S.
2
② pH7
2
T.F.=1.489
4
6
8
Time(min)
10
12
14
[Analytical conditions]
Column:L-column ODS(5μm, 12 nm)4.6×150 mm
Mobile phase:① CH3CN/20 mM H3PO4(30/70)
② CH3CN/25 mM Phosphate buffer pH7.0(30/70)
Flow rate:1 mL/min Temp:40℃
Sample:Propranolol
Fig.4 pHの違いによる比較(プロプラロノール)
4
① L-column ODS
メタノール
T.F.=1.356
I.S.
③ L-column2 ODS
アセトニトリル
T.F.=1.312
6
8
Time(min)
② L-column ODS
アセトニトリル
10
12
14
[Analytical conditions]
Column:(3μm, 12 nm)4.6×150 mm
Mobile phase:① CH3OH/25 mM Phosphate buffer pH7.0(80/20)
② CH3CN/25 mM Phosphate buffer pH7.0(55/45)
③ CH3CN/25 mM Phosphate buffer pH7.0(55/45)
Flow rate:1 mL/min Temp:40℃ Inj.vol.:2μL
Sample:Amytriptirine I.S. p-Hydroxybenzoic Acid iso-Butyl
Fig.5 pHと有機溶媒の違いによる比較(アミトリプチリン)
[アルカリ性移動相での分析]
塩基性物質はアルカリ性領域で非解離となりますが、逆相
HPLCに用いられるODSカラムの多くは、pH8~9が上限にな
ります。取扱説明書の「使用可能なpHの範囲」はあくまでも目
安であり、温度や緩衝液の割合によっては、その範囲内でも
劣化が促進されることもあります。中性より高いpHで使用す
る場合は、カラム劣化に注意してください。
イオンペアクロマトグラフィーによる分析
■ イオンペアクロマトグフラフィーによる分析
(酸性物質)
■ イオンペアクロマトグフラフィーによる分析
(塩基性物質)
スルホン酸はpKaが低く、移動相に用いるpH範囲では解離し
ているため保持が弱くなります。このような物質にはイオンペ
ア試薬を用います。酸性染料(Fig.6)を例に説明します。
第四級アンモニウム塩のような解離している塩基性物質はイ
オンペア試薬を用いて分析します。イオンペア試薬を用いる
ことにより、保持を大きくし、テーリング抑制効果があります。
移動相に添加されたアルキルスルホン酸は、四級アンモニウ
ム塩とイオンペアを形成し、電荷を打ち消し合います。これに
より疎水性が増加し保持が強くなります(Fig.8①と②~⑤)。
アルキルスルホン酸の添加量が増えると、保持時間は大きく
なりますが(Fig.8②~⑤)、5~20 mMの濃度で使用するのが
一般的です。
OH
HO
SO3Na
N N
2. Acid Orange7(OrangeⅡ)
1. α-Naphthol Orange(OrangeⅠ)
N
H
SO3Na
N N
R2
SO3Na
N N
R1
3. Acid Orange5(Tropaeolin OO)
N+
Y-
R4
R4
Fig.6 酸性染料
R2 R3
イオンペアを形成
R-SO3- N+
R-SO3- Na+
R4
R1
四級アンモニウム塩
イオンペア試薬
(アルキルスルホン酸Na)
イオンペア試薬としてはテトラブチルアンモニウム(TBA)を、5
~10 mMの濃度で使用するのが一般的です。移動相に添加
されたTBAは、解離している分析対象物質とイオンペアを形
成し、電荷を打ち消し合います。これにより疎水性が増加し保
持が強くなります(Fig.7)。
Cl-
O
O
N+
O
CH4H9 CH4H9
イオンペアを形成
R-SO3- X+
スルホン酸塩
R-SO3- N+
CH4H9
O
① 添加なし
CH4H9
CH4H9
② イオンペア試薬添加(1mM)
CH4H9 N+ CH4H9 BrCH4H9
③ イオンペア試薬添加(5 mM)
イオンペア試薬(TBA-Br)
④ イオンペア試薬添加(10 mM)
1
⑤ イオンペア試薬添加(20 mM)
3
2
0
2
4
6
8
Time(min)
0
5
10
Time(min)
[Analytical conditions]
Column:L-column2 ODS 4.6×150 mm(5μm, 12 nm)
Mobile phase:①CH3CN/20 mM H3PO430/70)
②~⑤CH3CN/20 mM H3PO4+Sodium Hexanesulfonate(30/70)
Flow rate:1 mL/min Inj.vol.:1μL Sample:Berberine chroride(50 mg/L)
10
12
[Analytical conditions]
Column:L-column2 ODS 4.6×150 mm(5μm, 12 nm)
Mobile phase:CH3CN/H2O(45/55) containing 10 mM TBA-PO4
Flow rate:1 mL/min Detection:UV 430 nm
Inj.vol:1μL(100 mg/L in CH3CN each)
15
Fig.8 イオンペアクロマトグラフィーによる分析(ベルベリン)
イオンペア試薬のアルキルスルホン酸は、そのアルキル鎖長
に比例して分析対象物質の保持が強くなります(Fig.9)。
保持時間(min)
Fig.7 イオンペアクロマトグラフィーによる分析(酸性染料)
12
8
C10=デカンスルホン酸
C12=ドデカンスルホン酸
C13=トリデカンスルホン酸
4
0
10
11
12
13 (アルキル鎖長)
[Analytical conditions]
Column:L-column ODS 4.6×150 mm(5μm, 12 nm)
Mobile phase:CH3CN/20 mM H3PO4+5 mM アルキルスルホン酸(35/65)
Flow rate:1 mL/min
Sample:プロカインアミド(100 mg/L) Inj.vol.:1μL
Fig.9 アルキル鎖長による保持時間の変化
過塩素酸(一般的にナトリウム塩を使用)は、解離している塩
基性物質とイオンペアを形成し、電荷を打ち消しあうことで保
持が大きくなります(Fig.10)。有機溶媒への溶解度が高く、通
常100~200 mM程度の濃度で使用します。
イオンペア試薬を用いる分析では、カラムの平衡化に時間を
要します。通常カラム容積の10倍程度移動相を流して置換し
ますが、イオンペア試薬を用いた場合、20~30倍移動相を流
して完全に平衡化してから分析します。これは緩衝液を使う
際も同じです。
■ イオンペア試薬使用上の注意
イオンペア試薬を使うと、カラム洗浄によりこれを完全に除去
するのが困難ですので、イオンペア試薬専用のカラムにする
方がよいでしょう。
(緩衝液使用上の注意は、Technical Report Vol.10 「緩衝液
について」をご覧ください)。
T.F.=1.269
① pH2
T.F.=1.082
② アルキルスルホン酸添加
T.F.=1.029
③ 過塩素酸ナトリウム添加
0
2
4
6
Time(min)
8
10
12
[Analytical conditions]
Column:L-column2 ODS(5μm, 12 nm)4.6×150 mm
Mobile phase:① CH3CN/20 mM H3PO4(30/70)
② CH3CN/20 mM H3PO4+5 mM Sodium Hexanesulfonate(30/70)
③ CH3CN/20 mM H3PO4+100 mM NaClO4(30/70)
Flow rate:1 mL/min Temp:40℃
Sample:Propranolol
Fig.10 イオンペア試薬の効果の違い(プロプラノロール)
******************************************************************
分析対象物質の官能基
解離性物質の分析では、官能基やpKaを参考にして、緩衝液
を用いた分析かイオンペアクロマトグラフィーかを決定して、
さらに詳細を検討していきます(Fig.11)。
逆相HPLCの分析対象物質は様々であり、移動相に緩衝液を
用いることがほとんどです。なるべく単純な移動相の方が調
製の手間も省け、分析の再現性も向上します。低吸着カラム
を用いればテーリング防止策は不要です。
またそのカラムの使用可能なpHが広範囲ならば、移動相の
pHを決定する際に選択の幅が広がります。
弱酸性物質
弱塩基性物質
強酸性物質
強塩基性物質
緩衝液を用いた分析
イオンペア
クロマトグラフィー
移動相のpH
緩衝液の種類
イオンペア試薬の種類
緩衝液の濃度
イオンペア試薬の濃度
有機溶媒比率の決定
有機溶媒比率の決定
上手に分析するコツとしては、低吸着性で高耐久性カラムを
用いることが重要な項目です。
Fig.11 解離性物質の分析条件の決定(まとめ)
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9001 東京事業所 クロマト技術部
e-mail [email protected]
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2011/01