Download 紫外線 C 発生装置(クリーンライザー !)による皮膚障害事故

Transcript
ただいま、ページを読み込み中です。5秒以上、このメッセージが表示されている場
合、Adobe® Reader®(もしくはAcrobat®)のAcrobat® JavaScriptを有効にしてください。
日皮会誌:114(12)
,1911―1916,2004(平16)
Adobe® Reader®のメニュー:「編集」→「環境設定」→「JavaScript」で設定できます。
「Acrobat JavaScriptを使用」にチェックを入れてください。
紫外線 C 発生装置(クリーンライザー!)による皮膚障害事故
なお、Adobe® Reader®以外でのPDFビューアで閲覧されている場合もこのメッセージが表示さ
れます。Adobe® Reader®で閲覧するようにしてください。
―UVC による角層障害についての検討を含めて―
城戸真希子
行徳 隆裕
要
河崎
今山
玲子
修平
細川
知聡
症
旨
病室の滅菌には UVC 領域の波長 254nm を放射す
!
る紫外線殺菌灯(クリーンライザー )が広く用いられ
例
患 者:33 歳 女性.
家族歴・既往歴:特記事項なし.
ているが,その危険性のため本装置は無人状態下の使
現病歴:2003 年 10 月,患者とその家族が滞在して
用が原則である.このたび病室に患者と家族が居る病
いる 4 人部屋の病室にてクリーンライザーが約 30 分
室で本装置が約 30 分間作動する事態が発生した.その
間作動するという事態が発生し,その翌日,病室にい
うちの一人は暴露側の眼の刺激感と頬部のひりつき感
た 8 人のうち本装置の近くに居た 4 人を中心に皮膚科
を訴え,以降次第に頬の紅斑は鱗屑を形成し脱落した.
的評価を求められて診察した.暴露当日の病室では,
同じ装置により照射実験を行ったところ,UVC 照射
病室のドアから入って正面奥の窓側にクリーンライ
24 時間後すでに走査電顕的に角層細胞表面には蛋白
ザーが置かれ,ドア側の 2 ベッドは周囲をカーテンで
変性によると思われる陥凹が生じており,経過と共に
囲われていたため,その内側に居た 3 人には全く自他
ケラチンによる紋様は著しく不規則になって脱落し
覚的に症状がなく,診察していない.窓側でベッド上
た.UVC は DNA に吸収されるため,従来,UVC 照射
と周囲にいた患者と家族 5 人のうち 4 人が翌日受診し
により最初は有核細胞が障害を受け,その変化が次第
た.4 人のうち 2 人は最も近いベッド上に照射が行わ
に角層におよぶとされてきたが,24 時間後には既に角
れた 30 分間横になっていたとのことであり,残りの 3
層細胞に変化がみられたことから,UVC はケラチンな
人は部屋を出入りしていたため短時間の暴露であっ
どの細胞質内蛋白にも直接に影響を及ぼすものと考え
た.最も症状が強かったのは前者の 2 名に含まれるが,
た.
ベッド上にて患児とともに横になっていて左側から
はじめに
UVC を浴びたとのことであった.使用された紫外線室
無菌室の空気や屋内の殺菌には一般に,UVC 領域
の,波長 254nm を放射する紫外線殺菌灯が使用される
が,その危険性のため本装置は無人状態での使用が原
則である.この度病室に患者と家族が居る病室で紫外
線(UVC)室内殺菌装置(クリーンライザー!)が約 30
分間作動する事態が発生した.その臨床経過を報告す
るとともに,UVC を皮膚に照射し,走査電子顕微鏡な
どを用いて経時的に皮膚表面の変化を観察したので報
告する.
国立病院九州医療センター皮膚科
平成16年 4 月30日受付,平成16年 7 月13日掲載決定
別刷請求先:(〒814―8563)福岡市中央区地行浜 1―
8―1 国立病院機構九州医療センター皮膚科・臨床
研究部 今山 修平
図 1 本症例で使用された紫外線室内殺菌装置の分光
分布
1912
城戸真希子ほか
図2
臨床像
a 初診時(暴露 24 時間後)b 4 日後
c 14 日後
内殺菌装置(クリーンライザー!)は,3 方向にランプ
(20W 紫外線ランプ)
が 2 本ずつ計 6 本取り付けられ,
1)
1.方法
図 1 のように,主に UVC 領域の 253.7nm の紫外線を
健常者 4 人(35 歳男性,31 歳女性,28 歳女性,25
発生する(僅かに他の波長も放射される)
装置である.
歳女性)を被験者とし,また被験部位として,日常的
後日同室にて再現したところ本装置から患者の頬まで
な紫外線暴露の少ない上腕内側を選び,同じ装置を用
の距離は約 2m であり,30 分間では計算上 0.09J!
cms2
いて 0.22∼0.36J!
cm2 の UVC 照射を行った. その後,
の照射量と考えられた(本装置から 2m の距離での
経時的に肉眼,デジタルマイクロスコープ(×100)で
2
UVC 照射量は平均 50µW!
cm ;ウルトラバイオレッ
観察記録するとともに,シリコン印象材(歯科用親水
ト社製デジタル式紫外線強度計 UVX 型にて測定;条
性ビニルシリコン:エクザファイン!)を用いて照射部
2)
件:気温 21℃,湿度 46%,センサー位置 60 cm )
.
現 症:誤照射当日は眼にチカチカとする刺激感
皮膚表面の鋳型を作成して走査電子顕微鏡にて観察し
た.
と,左頬部にヒリヒリした感じがあった.初診時には,
左頬部に軽い"痒を自覚しており,左頬部を中心に側
額までに淡い紅斑を認めた
(図 2a)
.眼科所見は球結膜
2.結果
肉眼的に,照射 12 時間後には既に疼痛を伴って紅斑
を認めた(表 1).紅色調の色調は経過と共に次第に褐
の充血が見られた.
経 過:受傷 4 日目には,頬を中心に固着性の鱗屑
と, それによる幾何学的なシワが観察された
(図 2b)
.
色に変化し,ついには薄い膜様の落屑となって脱落し,
後にはほとんど色素沈着を残さなかった.
受傷 13 日目には鱗屑はすべて脱落しており,また比較
電子顕微鏡で観察してみると,表面紋様の最小単位
してみると既存の色素斑の色調が薄くなっているのが
である皮溝は,照射直後ではほぼ均等な陥凹の深さで
わかった(図 2c).以上のように UVC 暴露により,あ
あり平行に走行している像がみられたが
(図 3a)
,徐々
たかもピーリングのような紅斑と角層脱落が広範囲に
に最小単位の皮溝は浅くなり,照射 204 時間(約 9 日)
生じた.他の 3 人は暴露量が少なかったためか 4 日後
後ではオリジナルの皮溝の 2∼3 本分が失われて大き
にわずかに鱗屑を認めたのみであった.
な皮野が形成されるようになった
(図 3b)
.同じ所見す
実
験
紫外線の人体への影響は近年非常によく知られてい
なわち皮野の粗大化はデルマトスコープでも確認さ
れ,大きな皮溝が目立つようになっていた.
強拡大にて皮表を観察すると,照射直後の角層細胞
るが,その情報は UVA と UVB に集中しているため,
表面には,ケラチン蛋白配列によると考えられている
同じ装置を用いて UVC を皮膚に照射することにより
均等に並走する紋様が観察された(図 4a)が,照射一
惹起される皮膚変化を経時的に観察することとした.
日後の標本では,所々に径 2µm 程の丸い陥凹が生じて
UVC による皮膚障害
1913
表 1 0.36J!
cm2 照射後の経過
a
b
図 3 電子顕微鏡(×50)a 照射直後 b 照射 204 時間(9 日)後
表面紋様の最小単位である皮溝は,照射直後ではほぼ均等な陥凹の深さであり平行に
走行している像がみられたが,徐々に最小単位の皮溝は浅くなり大きな皮野が形成さ
れた.
おり全体として細胞表面もうねるように凸凹してい
2 週間)
後では,障害された細胞が脱落した後に現れて
た.ケラチンによる紋様はほぼ保たれていた(図 4b).
くる角層細胞の表面は,照射前とほとんど同じ規則的
照射 180 時間後では細胞表面のケラチンによる凹凸の
なケラチンの凹凸の紋様を持っており,少なくとも形
紋様は不規則になっており,細胞容積も減少して紋様
態上はほぼ正常の角化細胞であった(図 4d)
.
の凹凸の高さが失われて平坦化していた.これらの細
胞は,この後脱落した(図 4c).照射から 276 時間(約
1914
城戸真希子ほか
a
b
c
d
図 4 電子顕微鏡(×5,000)a 照射直後 b 照射 24 時間後 c 照射 180 時間(9 日)後
d 照射 276 時間(12 日)後
照射 24 時間後には,所々に径 2µm 程の丸い陥凹が生じており全体として細胞表面
もうねるように凸凹していた.180 時間後では細胞表面のケラチンによる凹凸の紋
様は不規則になり,高さが失われて平坦化していた.これらの細胞は,この後脱落
した.
考
察
れ DNA が 変 化 す る た め で あ ろ う と 考 え ら れ て い
る4).
可視光線より短い 100∼400nm の波長域の電磁波を
今回,われわれは UVC を皮膚に照射し経時的に皮
紫外線と呼んでいるが,その生物学的影響を考慮して
膚表面の変化を走査電子顕微鏡にて観察した.白人で
200∼290nm の UVA,290∼320nm の UVB,320∼
の UVC の MED が 0.008∼0.03J!
cm2 程度であること
400nm の UVC に分けられ,UVA と UVB とは皮膚に
から,従来は MED の 60 倍
(0.18∼1.475J!
cm2 の範囲)
炎症や色素沈着を来たすことがよく知られている.と
の照射実験が行われている5).そこでわれわれは UVC
ころが UVC は実際の自然環境では成層圏のオゾン層
を 0.22∼0.36J!
cm2 で照射実験したところ,実際の症例
で吸収され地表には到達しないうえ,
(UVA と UVB
と同様に照射 12 時間後には疼痛と紅斑を生じ,経過と
は真皮まで透過するものの)UVC は表皮内で吸収され
ともに落屑を生じるという皮膚変化をたどった.走査
てしまうなどの理由で,人への影響があまり知られて
電顕では照射 24 時間後すでに表層の角化細胞表面に
いない.一方で人工的に発生する紫外線には UVC を
陥凹が生じていて,細胞内容が部分的に失われたこと
含むものが多い.水銀灯や水銀アーク灯などは UVC
が示唆された.引き続いて細胞表面の,ケラチンによ
を含んでおり,無菌室の空気殺菌などに使用される殺
る規則的紋様が次第に不規則になり,細胞容積の減少
菌灯は大部分が 254nm を中心とした UVC を照射す
と相まって紋様の高さが失われた.しかし,そのよう
る3).殺菌作用は波長 253.7nm 付近が最も強いため,
な変形した細胞が脱落して,その下に現れてきた角層
殺菌灯のほとんどは 254nm を放射する紫外線ランプ
細胞の表面には,規則的なケラチンの紋様が維持され
である.細菌を死滅させる機序は未解明であるが,そ
ており,形態上は正常であった.
の波長が核酸の紫外線吸収波長とよく似ていること
言うまでもなく,UVC の標的は DNA であると考え
や,細菌の種類の違いにもかかわらず同じ波長で殺菌
られてきた.組織学的にも Rosario R.らは,UVC 照射
できることなどから,細胞内の核酸に紫外線が吸収さ
24 時 間 後 に マ ル ピ ギ ー 層 に dyskeratotic cell(sun-
UVC による皮膚障害
1915
burn cell)
などの変化を認め始め,これらの細胞が上行
化の方が著しいはずである.以上から,UVC が核酸に
して初めて変化が角質に及ぶため,角層の変化は 72
吸収・変化させることは間違いないにせよ,ケラチン
時間になって角層とマルピギー層に帯状に dyskera-
などの細胞質内の蛋白にも何らかの影響を及ぼすと考
5)
totic cell を認めるようになると述べている .また電
えられた.たしかに近年,紫外線が細胞質や細胞膜の
子顕微鏡にても sunburn cell は,まず最初に形態学的
構造にも影響を及ぼすことが明らかになりつつある.
にクロマチンの凝集や辺縁の濃縮などの核変化を呈す
Devary らは紫外線が細胞質内転写因子のひとつであ
る6).紫外線による DNA 損傷の機序として判明して
る NFκB を 活 性 化 す る こ と11)や,UVC が tyrosine
いるのは,隣接したピリミジン塩基間に生じるシクロ
kinase を 活 性 化 す る こ と を み い だ し12),ま た,
ブタン型ピリミジン二量体と(6-4)光産物が代表的な
Schwarz は UVB が IFNγ の 作 用 経 路 を 妨 げ る こ と
ものである7)8).
や,細胞膜では死受容体の一つである CD95!
Fas を直
一方で生体はこのような DNA 損傷の修復機能を持
接活性化することを示しており13),DNA のみへの作
つが,その一つは傷害された DNA 鎖を除去して元通
用ではなく,細胞全体に紫外線の作用が及ぶことが示
りの新塩基を挿入する,ヌクレオチド除去修復機構で
された.
ある.周知のとおり,色素性乾皮症ではこのヌクレオ
先述したように,従来は UVC は核内 DNA に吸収
チド除去修復機構に欠陥があるために,紫外線によっ
されるため,UVC 照射後はまず有核細胞に変化がおき
て生じたピリミジン二量体と(6-4)光産物のどちらの
ると考えられていた.そのため角質の変化は 24 時間で
傷も修復することができないが,その評価には UVC
は認めないとされていたが,一連の事態から!事故に
9)
10)
が用いられる
.すなわち細胞に UVC を照射して
より UVC 照射を受けた患者に早期から表皮変化を認
[3H]
-thymidine の 取 り 込 み を 検 出 す る こ と に よ り
めたこと,"照射実験でも 24 時間以内に角層細胞のケ
ラチン紋様の変化や容積の減少を認めたことは,UVC
DNA 修復能を判断する.
しかし,今回の観察では 24 時間後にはすでに表層の
が胞体のケラチン蛋白をそのものの構造に変性を与え
角化細胞表面にケラチン紋様の変化が認められ,その
た,あるいは細胞膜に何らかの変化をもたらした可能
脱落後にみえて来た角層細胞は逆に形態的には正常で
性が考えられ,DNA 以外にも紫外線が細胞質や細胞
あった.もしも下床で損傷された細胞の上行によって
膜の構造に影響を及ぼしうるという事実と矛盾しない
表皮の変化がもたらされるとすれば,これらの細胞変
ものであると考えた.
文
1)松下電器産業株式会社 照明社:技術資料 殺菌
灯とその応用,2001.
2)株式会社トップ:クリーンライザー 3(紫外線室
内殺菌装置 CL-107)取扱説明書.
3)大中忠勝:紫外線とその健康影響, Ann Physiol
Anthrop, 12 : 1―10, 1993.
4)古海 浩:紫外線による水の殺菌,月刊フードケ
ミカル,6 : 37―47, 1996.
5)Rasario R, Mark GJ, Parrish JA, Mihm MC : Histological changes produced in skin by equally
erythemogenic doses of UV-A, UV-B, UV-C and
UV-A with psoralens, Br J Dermatol , 101 : 299―308,
1979.
6)Kerr JF : Shrinkage necrosis : a distinct mode of
cellular death, J Pathol , 105 : 13―20, 1971.
7)Matsumura Y, Ananthaswamy HN : Toxic effect
of ultraviolet radiation on the skin , Toxicol Appl
Pharmacol , 195 : 298―308, 2004.
8)上出良一,市橋正光,松尾聿朗:光線による皮膚障
害,玉置邦彦編:最新皮膚科学体系,16,中山書
献
店,東京,2003, 250―277.
9)錦織千佳子:光線過敏症診断治療マニュアル 色
素性乾皮症,Derma, 21 : 9―18, 1999.
10)Otto AI, Riou L, Marionnet C, Mori T, Sarasin A,
Magnaldo T : Differential behaviors toward ultraviolet A and B radiation of fibroblasts and keratinocytes from normal and DNA-repair-deficient
patients, Cancer Res, 59 : 1212―1218, 1999.
11)Devary Y, Rosette C, DiDonato JA, Karin M : NFkappa B activation by ultraviolet light not dependent on a nuclear signal, Science , 261 : 1442―
1445, 1993.
12)Devary Y, Gottlieb RA, Smeal T, Karin M : The
mammalian ultraviolet response is triggered by
activation of Src tyrosine kinases, Cell , 71 : 1081―
1091, 1992.
13)Schwarz T : UV light affects cell membrane and
cytoplasmic targets, J Photochem Photobiol B , 44 :
91―96, 1998.
1916
城戸真希子ほか
Ultrastructural Study of Skin Damaged by Accidental Ultraviolet-C Irradiation
Makiko Kido, Reiko Kawasaki, Chisato Hosokawa, Takahiro Gyhotoku and Shuhei Imayama
Department of Dermatology, National Kyushu Medical Center, Fukuoka, Japan
(Received April 30, 2004 ; accepted for publication July 13, 2004)
Ultraviolet-C(UVC)irradiation is commonly used to sterilize vacant sickrooms. Three inpatients and five
of their family members were accidentally exposed to UVC irradiation for 30 minutes in a hospital ward in
2003. We examined five of these people 24 hours after the accident. Four persons had no signs or symptoms,
but an erythematous patch a rose on the left cheek of a 31-year-old woman, and she developed congestion in
her left eye. The skin lesion developed branny scales within two days. Using the same sterilizer, we then studied whether UVC could directly damage cornified cells(keratinized cells without nuclei)of the human epidermis, because UVC is known to be absorbed by DNA in the nucleus and consequently alters the cytoplasm so
that cellular damage is exhibited within several days. Scanning electron microscopy revealed that, within 24
hours after irradiation, the surface of the superficial cornified cells became undulated, probably as a result of
degeneration of cytoplasmic protein. The regular pattern of keratin filaments of the cornified cells became increasingly irregular after 180 hours. We hypothesized that UVC can produce certain alterations of proteins in
the cytoplasm such as keratin in addition to causing DNA damage.
(Jpn J Dermatol 114 : 1911∼1916, 2004)
Key words : Ultraviolet-C, sterilizer, irradiation, scanning electron microscope, human skin