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許 夏玲 文化理解重視の日本語授業 −中上級学習者を対象に− 許 夏玲 東京学芸大学留学生センター [email protected] 1. 研究動機と目的 平成 24 年 10 月 1 日付けの「国(地域)別外国人留学生数一覧」によると、東京学芸大 学に留学している外国人留学生数は、326 名に達していることがわかる。そのうち、学部レ ベルの日本語日本文化研修留学生 19 名、特別聴講生 57 名、計 76 名の非正規留学生が在学 している。言い換えれば、約 4 分の 1 の外国人留学生が単に日本の文化や日本語に興味を 持ち、日本へ留学してくると考えられる。もちろん、他の学部の正規留学生、大学院の正 規留学生と教員研修留学生も日本に興味を持っていることは否めないが、彼らは日本の文 化や日本語のみならず、各自の専門分野や将来の目標を持ち、日本に留学していると言え よう。このように、日本に憧れて来日している留学生たちに、日本語の勉強以外に、日本 のどのようなことを紹介してあげればいいのかは、実に考えさせられる課題の一つである。 言語は文化の鏡と言われるほど、日本語の様相から日本の文化もうかがうことができる と考えられる。また、日本文化を理解していない日本語の勉強は本当のコミュニケーショ ンも図れないと思う。本稿は、日本文化への理解を深めると同時に、日本語学習のモチベ ーションを高めることを目的とし、筆者が自分の日本語授業に日本文化の関連事情の紹介 を導入し、文化理解重視の日本語授業を実践した報告である。 2. 日本語学習者の学習動機 まず、日本語学習者の日本語学習の動機づけについて、一つの事例を紹介しておきたい。 瀬尾(2011)では、 「日本語が大学の必修科目だから勉強する」、 「将来日本の会社で働きたい」 などの動機を外発的動機づけとし、 「日本語が好きだから勉強する」や「勉強するのが楽し い」のような動機を内発的動機づけとしている。前者より後者のほうが、学習者が興味、 楽しさを感じ、長期的に学習意欲が持続することが多いと考えられる。 また、瀬尾は香港在住の日本語生涯学習者 11 名(内訳:女性 10 名、男性 1 名、1 名を除 き、全員中上級学習者と日本留学経験なし)を対象に社会人学習者の動機づけの変化を調 査した。その調査結果は、次の図 1 に示されている。(瀬尾 2011:24) 18 文化理解重視型の日本語授業 ─中上級学習者を対象に 図 1 香港の社会人学習者の動機づけの変化 上記の「日本語学習を始めたきっかけ」にも「日本語学習を続けた理由」にも、【ポップ カルチャー】【日本文化】といった文化的な理由が挙げられている。「ポップカルチャー」 とは、ドラマや映画、アニメ、ゲーム、歌などのものである。その他、「化粧品に書いてあ る日本語がわかるように」、「日本製の手芸品などの取扱説明書がわかるように」などの理 由で日本語を学習し始めた学習者もいるという。 このように、日本語学習の動機と日本文化への関心が深く関連していることがわかる。 この点に関しては、香港の生涯学習者のみならず、他の国籍の日本語学習者でも共通して いるのではないかと考えられる。 3. 日本語授業の実践研究 前述の先行研究の調査結果をふまえて、筆者が日本語の授業で「日常的な日本語表現」 「日 本文化への理解」「楽しみ」という3点に心がけ、学習者の学習モチベーションを高めるこ とを試みた。対象者は、短期留学に来ている中上級の日本語学習者(内訳:中級学習者は 欧米圏の留学生が多く、上級学習者はアジア圏の留学生が多い)である。ここでは、筆者 の授業で実践した内容からいくつかの事例を紹介したい。 次の「語源」と「川柳」は、中級の総合授業の一環として行われたものである。上級の 漢字授業では、漢字の学習だけでなく、学習漢字や課題の文章内容に関する文化情報を加 えて行った。 19 許 夏玲 3.1 語源 荒尾(2005:10)は、「語源の楽しみ」において、以下のような見解を示している。 「語源」は言葉の誕生物語である。一つ一つの言葉には、その言葉ができた事情、いわ れ、由来があるのです。ちょうど皆さん一人一人に名前があって、その名前にはつけら れたわけがあるように、です。人と同じように言葉も生まれたあと、成長します。背丈 や体重が変わるように、形が変わったり、意味が変わったりするのです。 図 2 語源の言葉の説明 授業の資料はパワーポイントで作成されたものを用いた。授業では、個々の言葉を紹介 する際、学習者に言葉の説明内容をすぐ見せるのではなく、たとえば「打合せ」という言 葉に関して、その由来や意味を、話を交えて考えてもらった。その他、 「几帳面」 「看板」 「相 槌」「風邪」などの日常な言葉の語源を紹介した。 3.2 川柳 川柳とは、十七音の短詞のことである。次のものはその一例である。また、俳句と並ん で世界で一番短い定型詞と言われている。 寝ていても 1 2 3 4 5 団扇の動く 12 3 4 56 7 親ごころ 12 3 4 5 (ジュニアのための『川柳って何だろう?』より) また、俳句とは違い、川柳は「季節を示す『季語』の制約がない」「『や』『かな』『けり』 などの『切字』は使用しない」「日常の口語で句を作る」「人情や生活、人事を対象に語る」 という利点で初心者にも理解しやすいと思われる。 授業では、筆者がまず川柳に関して学習者に簡単に紹介し、現在日本の社会が高齢化へ 進みつつあるという話を兼ねて高齢者の心情がうかがえるいくつかのシルバー川柳の作品 20 文化理解重視型の日本語授業 ─中上級学習者を対象に を紹介した。学習者に川柳の作品を見て、意味をあててもらったが、 「五、七、五」の短詩 に含まれている意味は、年齢、文化、習慣などの違う外国人留学生には意外とわかりにく いものもあった。授業後、学習者に川柳作りを宿題として与えたが、みなが音節を数えな がら一生懸命に考えて面白い川柳を作ってきた。学習者の川柳には次のようなものがある。 「川柳は 3.3 むずかしいけど 頑張るよ」 「一緒に 命の道を 永遠に」 日本の漢字と文化事情 上級の漢字授業では、 「大名旅行」を題材とした文章を読み、歴史文化と関連している漢 字語彙を教える際、「参勤交代」の様子や情報をパワーポイント資料で紹介した。 図 3 「参勤交代」の関連資料 (http://ja.wikipedia.org/wiki/参勤交代,2013.7.5) 補助的なデータ資料、写真、絵などを示すことにより、「大名旅行」はなぜ豪勢な旅行と言 われるのか、 「参勤交代」の様子なども学習者に一層理解してもらうことができる。 4. メリットと困難点 使用教材の他に、補助的なデータ資料、写真、絵などを示すことにより、学習者の関心 や興味、また理解度と集中度を高めることが期待できる。資料の準備や授業時間の配分等 を十分に工夫することが大きな困難点であると考えられる。 5. 今後の課題 学習者の関心のある文化関連の題材を調べることと、電子書籍やパワーポイントを活用 した形で学習者により生き生きとした授業内容を研究していくことが今後の課題である。 荒尾禎秀 (2005)『ちびまる子ちゃんの語源教室』集英社 瀬尾匡輝 (2011)「香港の日本語生涯学習者の動機づけの変化」『日本学刊』14 号,16-39 「ジュニアのための『川柳って何だろう?』 」 (http://senryugakkai.hp2.jp/senryu_250/index.html 2013 年 6 月 28 日閲覧) 21